199 精霊と人族

 ケリーが黙って、食堂全体が静かになると、ジゼラが言う。

「ま、ぼくは魔王城近くの精霊は白銀狼王種の精霊だと思うな! 勘だけど」

「ジゼラの勘は当たるからな」

「でしょー」


 白銀狼王種の精霊の話について、冒険者たちも各自色々話始める。

 皆興味があるのだろう。


「ところで、ケリー」

「なに? テオさんが気になることがあるなら、何でも言ってほしい。思考のきっかけになるかもしれないからね」

「えっと、精霊は魔獣ではないし、そもそも生物ではないんだよな」

「そうだね。体がないからね。テイムスキルも通じないだろう?」

「その通り。だけど、ある程度言葉が通じるんだよな」

「そういう精霊もいるね」


 水の精霊と呼ばれる存在を信仰する村が、精霊にお願いして雨を降らせてもらったと言う話はある。

 つまり、村人は、言葉で精霊に願いを伝えることに成功したということになる。


「言葉が通じるならば、精霊は言語神の恩寵を受けているということだし、つまり……」

「精霊は人族だと?」

「可能性はあるかなと」


 俺がそういうと、ケリーは真剣な表情で少し考えた。

「…………可能性は低いね」

「そうか」

「うん。発想はいいけど。そもそも、魔物や動物にも、人の言葉がある程度分かっている場合があるだろう?」

「それは、確かにあるな」


 犬や馬、鳥の一種など、人と過ごすことが多い動物は、人の言葉が少しわかっているとしか思えない場合がある。


「知能が高い動物は学習するからね。そして精霊も知能が高い」

「なるほど。言葉が分かったとしても、人族とは判断はできないと」

「うん。双方向で会話ができたら、人族と判断できるけどね」

「そうか」

 どうやら、的外れな指摘だったようだ。


「テオさん。ありがとう」

 だが、ケリーにお礼を言われた。


「ん? なにがだ?」

「面白い発想だった。思考の幅が広がった気がするよ」

「役に立てたならよかったよ」

「うん」


 そんな中、ジゼラがシロの鼻先に水晶を持っていく。

「シロ、シロ! これをみて」

「わふ?」

 その水晶は先ほど、シロが爪で傷つけたものだ。


「ふん!」

 ――ガリッ

 ジゼラは気合を入れて、水晶を爪でひっかいた。


「ほれー」

 水晶にははっきりとした傷がついた。


「わふぅ!?」

 ジゼラは自慢げにシロに水晶を見せつける。


「ジゼラ、大人げない。シロに勝とうとするな」

 俺は呆れながら、ジゼラをたしなめた。

 ジゼラは勇者なのだ。そのぐらいできて当然だ。


「……ゎぅ」

 シロが目に見えてしょんぼりした。


「ご、ごめん」


 そんなシロを見てジゼラは慌てている。

 ジゼラは少し反省すべきだ。


「で、でも、シロの方が凄いよ」

「……ぁぅ?」


 シロはしょんぼりしたままだ。

 ジゼラが適当なことをいっていると思っているのだろう。

 明らかにジゼラの傷跡の方が深いのだ。


「だって、さっき爪に魔力を流していなかったし。シロの方が凄いよ」

「わふ?」

 シロは「魔力?」と聞いている。

 どうやら、あえて強化しなかったのではなく、魔力での強化自体知らなかったらしい。


「強い奴は大体魔力で色々強化するんだよ~。シロはできないの?」

「わふぅ?」


 シロは首をかしげる。

 ジゼラが何を言っているのかわからないと言った様子だ。


 シロが魔力の強化自体を知らないことはおかしなことではない。

 普通、魔獣は意識して魔力による強化を行うわけではないからだ。

 無意識に、自然と魔力の強化を行っているのが魔獣である。

 魔獣のほどんどは魔力存在に気付いてすらいないだろう。


「ぼわってかんじで、力を入れると――」


 ジゼラはシロに説明しようとしているが、成功していなかった。

 だから、代わりに俺が説明する。


「シロ、魔物も人間も、強い奴は魔力で身体を強化するものなんだ」

「わふ」


 シロは真剣に聞いている。

 横を見ると、冒険者たちもうんうんと頷いていた。

 開拓団の冒険者たちはみな凄腕なのだ。

 当然、魔力による身体強化は身につけている。


「戦闘モードに入ったら、魔力で身体を強化しているものなんだよ」

「わふ」


 魔力で身体能力を上げている動物の総称が魔獣とする分類もある。

 そんな魔獣と相対する冒険者も、当然魔力で身体を強化する必要があるのは当然だ。


 魔力強化なしの能力では、人間がただの狼にも勝つことは難しい。

 ただの熊に勝つことなどは、まず不可能だ。

 剣を持ち、鎧で体を覆ってもだ。


「みんな自然と、無意識にやっていることだけどね」

「わふ?」

「ああ、俺も戦闘時には当然やっているよ。荷物持ちだって雑用係だって、冒険者なら必須なんだ」

「わぁふぅ」

「そして、爪も、牙も魔力で強化できるんだ」

「わふ!?」


 シロは驚いているようだった。

 シロの両親や叔父叔母などは、当然強化していただろう。


「シロは子供だからな。できなくても仕方がないよ」

「わふ……」

「ケリー。魔狼は何歳ぐらいで魔力強化を使えるようになるんだ?」

「何歳かは種族によって違うよ。だけど、どの魔獣も大人になるまでには、使えるようになるのが普通かな」

「やっぱり親に教わるのか?」

「親のやり方を見て覚える種族が多いね。動物が親から狩りの仕方を学ぶのと同じで」


 きちんと狩りの仕方を教わる前に、シロの両親たちは死んでしまった。

 ならば、代わりに誰かが教えてやらなければならないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る