198 魔獣と精霊

 ジゼラがシロを撫でながら言う。


「そっかー。白銀狼王種っていうんだね、かっこいい」

「わふ」

『なでて』「わふ」『だっこ』

「クロもロロもルルも白銀狼王種だって、かっこいいねー」


 ジゼラは机の上にいる子魔狼たちのことも撫でまわした。


『だっこ』

 寂しくなったのか、ヒッポリアスが俺のところにやってきたので抱き上げておく。


「ヒッポリアスもいい子だね」

「きゅうお」


 そのとき、クロがシロの隣に座るヴィクトルの前へと移動する。

 そして、ヴィクトルが机の上においていた腕にまたがった。


「クロ、どうしました?」

『だっこ』

「抱っこして欲しいらしい」

「そうですか」


 ヴィクトルはクロのことを抱き上げる。

 クロは嬉しそうに尻尾を振って、ヴィクトルの顔をべろべろ舐めた。


 顔を舐められながらヴィクトルが言う。

「あの、ケリーさん」

「ん? なにか気になることでも?」

「私の知っている白銀狼王種の伝承では、聖神の使いとか、逆に災厄の神の眷族とか、書かれていたのですが」

「確かにそう言う伝承はあるけど……学問的には無視されているね」


 そう言った後、ケリーは思い出したように付け足した。

「ああ、もちろん、神学の連中は研究しているかもしれないけど、魔獣学の世界では検証もされてないね。意外かな?」

「はい。意外に思いますね」

「そうはいうけどね、神の使いとか検証しようがないだろう? そういうのは信仰の世界。神学の範囲なんだ」

「確かに、魔獣学っぽくはないな。神の使いになると」

「さすが、テオさんわかっているね。私たちは魔獣や動物を形態や能力で分類し生態などを明らかにすることが仕事なのさ」

 ケリーはどこか誇らしげにそう言った。


 神学の話がでたついでに、俺には聞いておきたいことがあった。

「あ、そうだ、ケリー」

「ん、なにかな?」

「ちょうどケリーが戻ってくる直前、ジゼラがシロによく似た気配を旧大陸で感じたと言っていたんだが」

「ほう? それは本当なのかい?」

「本当だよー」

 ジゼラはシロを撫でる手を止めずに言った。


「詳しく聞かせてほしい」

「えっと、魔王城の近くの山の上で感じたんだ」

「ほう? それは魔狼だったか?」

「魔王は精霊だと言ってた」

「……精霊」

 一言だけつぶやくと、ケリーは真剣な表情で黙りこんだ。


 黙っているケリーのかわりに俺がアーリャに尋ねる。

「アーリャ。精霊について何かわかっていることはないのか?」

 魔族ならば、俺たちより詳しいことを知っているかも知れないと俺は思ったのだ。


「ほとんどない」

「そうか」

「精霊を信仰している人たちもいるし、敬われているけど……」

「それは人族と同じか」

「うん。そうだと思う」


 俺は黙り込んで考えているケリーに尋ねる。


「精霊は神学の範囲か?」

「……神学の奴らは自分の範囲だと思っているが、違う」

「どういうことだ?」

「……他の学問が認めている神学の範囲は検証不可能なことだけだ」

「なるほど」


 なんとなくケリーの言いたいことが分かった。

 神学の連中は、精霊も自分たちの研究範囲だと思っているのだろう。

 だが、実際に存在する精霊に関しては、検証が可能だから、他の学問領域でも研究されているのだ。


「精霊は魔獣学の範囲か?」

「精霊には肉体がないからね。魔獣学ではなく、精霊学だよ」

「ケリーは詳しいのか?」

「あまり。一応近接分野だから基本だけ…………」


 ケリーは言葉少なだ。

 尋ねたら答えてくれるが、答えたあとすぐに黙ってしまう。

 しばらく黙った後、ケリーはシロを撫でるジゼラを見た。


「ジゼラ。確かに雰囲気が似ていたんだな」

「うん。似てたよ」

「どのくらい似ていた?」

「うーん。同じ種族だと思ったぐらい」

「肉体がない精霊と、シロが同じ種族だと?」

「うん。だって雰囲気がそっくりだからね。でもシロには体があるから違うのかなとも思った」

「精霊は狼だったか?」

「雰囲気はね」

「…………そうか」


 またケリーは黙り込む。

「わふぅ?」

 少し不安げにシロが鳴いた。


「……仮説だが、……その魔王城近くに住む精霊に会ってみないとわからないが……」

 ケリーは小さな声でつぶやくように語りだす。


「その精霊は『白狼王種だったもの』なのかもしれない」

「だったもの?」

「ああ。常識的に考えるならば、旧大陸に白狼王種は存在しないと判断できるよね」

「そうだな」


 白狼王種ほど強力な魔狼がいるならば、誰かは気付く。

 かなりの広範囲を縄張りにするはずで、その一帯の魔獣や動物の王となるだろう。

 その縄張りに、テイムスキルを持っているものが入り込めば、魔物たちから情報を得ようとする。

 結果、王の存在に気付くはずだ。

 気付かれずに数百年潜伏し続けることなど不可能に近い。


「存在しないのは全滅したからだと思っていたけど……精霊になっていたのかも」

「魔獣が精霊になれるものか?」

「魔獣学における仮説の一つに過ぎないけどね。伝承はあるし実際にそうなったのではないかと思われる報告例もある」

「報告例もあるのに仮説なのか?」

「報告者の勘違いかもしれないし、報告自体が嘘かもしれないだろう」

「それはそうだが」

「……ま、現時点では、仮説を説にするには、まだ情報が足りないけどね」

 ケリーはふうーっと息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る