197 シロたちの力

 どや顔をしたケリーが俺を見る。

「テオさんはどう思う?」

「水晶を傷つけられる魔狼についてか?」

「そうそう」

「俺も見たことも聞いたこともないよ。信じられないほどの硬さだな」

「そうだろうそうだろう」


 自分が褒められたかのようにケリーは嬉しそうに胸を張っていた。


「少なくとも、旧大陸の魔狼にはできることではないな」

「テオさん、魔狼以外にできる魔物はいるのか?」


 冒険者に尋ねられたので、少し考える。


「そうだな。同じことができるのは、一部の竜種ぐらいだろう」

「……竜」

「それも、上位種の一部だろうな」


 それを聞いて冒険者たちは驚いて固まっている。

 一方、ジゼラは特に驚くこともなく嬉しそうに、シロのことを撫でまわした。


「そっかー。シロすごいねぇ」

「わふ」

「飛竜ならできるかな?」

「できるんじゃないか? 飛竜は上位種だからな」


 ボアボアの家にいる飛竜は、地元では竜王の地位にある年を経た力のある竜だ。

 水晶を爪で傷つけるぐらいはするだろう。


「たしかに竜王だから、可能かもしれないね。あとでやってもらうとするかな」


 そんなことをいいながら、ケリーは金属の塊を取り出してシロの前に置く。


「シロ、これをひっかいておくれ」

「わう」


 シロがその金属の塊をひっかくと、ケリーはシロの頭を撫でた。

「えらいぞー」

「わぁふ」

 そして金属の塊を確認して、こちらに見せる。


「ほら」

「確かに傷がついていますが……」


 ヴィクトルがそういうと、冒険者たちもうんうんと頷いていた。

 金属は基本的に水晶より柔らかい。

 鉄は水晶でひっかけば傷つけることはできるのだ。

 金や銀などは、人の爪でも傷つけられるほどである。

 金属に傷をつけたぐらいでは驚きには値しないとヴィクトルは思ったに違いない。


「ん? この凄さがわからないとは。テオさん、みなにこれが何か教えてやって欲しい」

「オリハルコンとミスリルの合金だ」


 鑑定スキルがあるので、俺には見ただけで金属の種類がわかるのだ。

 とはいえ、鑑定スキルを使うまでもない。

 その合金は、俺が以前、ケリーにあげた物だったからだ。


「そのとおり。テオさんから分けてもらった合金だよ。シロ、すごいなぁ」

「わふぅ」


 ケリーがシロをほめて撫でまくり、シロが嬉しそうに尻尾を振る。

 一方、ヴィクトルは額から汗を流しながら、固まっていた。


「ヴィクトル?」

 俺が声をかけると、ヴィクトルは汗をぬぐう。

「……なんとも。なんと……なんといっていいか」


 ヴィクトルが驚くのも無理がない。

 オリハルコンとミスリルの合金というのは、鎧や剣、武具に使われる最上位のものだ。

 それを、シロは軽くひっかいただけで傷つけたのだ。

 本気の戦闘モードになったシロならば、オリハルコンとミスリルの合金を簡単に切り裂くことができるだろう。


 つまり、冒険者が鎧で身体を覆っても、シロの爪の前には役に立たないと言うことなのだ。


「牙も強いぞ。シロこれを噛んでくれ」

「わふ」


 ケリーがシロの鼻の前に水晶をもっていく。

 シロは素直にそれを噛んだ。


 ――ガリ

 あっさりと、水晶に歯形が付いた。


「さすがシロ」

「わぅふ」


 水晶は硬いが、靭性が高いわけではない。

 鉄のハンマーで叩けば、水晶は容易く砕けるだろう。


 水晶の場合、爪で傷をつけるより、牙で砕く方が簡単なのだ。

 だが、誇らしげにシロが尻尾を振っているので、指摘するのはやめておく。


「次はこの合金も噛んでおくれ」

「わふ」


 音はならなかったが、シロはオリハルコンとミスリルの合金にも歯形を付けた。


「熟練の鍛冶師が作った最高級の鎧もシロの前には意味がないのかもしれませんね」

「わふぅ!」


 シロはヴィクトルに褒めてもらったと感じたのか、嬉しそうに尻尾を揺らす。

 とはいえ、熟練の鍛冶師ならば、形状や熱さを工夫する。

 力を逃しやすい形状するなど、様々な技術を使うのだ。

 だから、熟練の鍛冶師が作った鎧を切り裂くのは、シロであってもそう簡単ではないだろう。


 冒険者たちが驚いて固まっている中、俺は話を本題へと戻す。


「水晶を傷つけられる爪を持つっていうのが、シロが白銀狼王種であるという根拠なのか?」

「そうだね。そもそも、白銀狼王種は旧大陸にはいないんだ」

「そうだろうな。俺もヴィクトルもあったことがない種族だし」

「だが、昔の記録には残っているんだ」


 俺も記録自体は見たことがある。

 魔狼の最上位種で、非常に強力な種族だと載っていた。

 特徴は毛皮が銀色で、体が大きく、魔力が多いことだったはずだ。

 だが、爪で水晶を傷つけられるからと言って白銀狼王種と断定できるものだろうか。



「昔の魔物学者が定義したんだ。水晶を傷つけられる爪を持つ魔狼のことを白銀狼王種とするって」

「…………なるほど?」

「ケリーさん、つまり爪で水晶に傷つけられた時点で、確定ということですか?」

「ヴィクトルさんの言う通り。そもそも定義がそうだからね」


 定義がそうなら、シロは白銀狼王種以外の何物でもない。

 なんとなくだが、ケリーが報告を忘れた理由が分かった気がした。

 結局のところ、シロたちを旧大陸の人族がどう分類しているかというだけの話でしかない。

 シロも子魔狼たちも、種族が判明したところで、何も変わらないのだ。

 シロたちという存在も、俺たちとシロの関係も、何もだ。

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