195 便秘の原因

白銀狼王フェンリル種っていうのは、魔狼の一種だよ」

「そうだったのか。白銀狼王種って魔狼は聞いたことがないな」

「俺も聞いたことがない」


 若い冒険者だけでなく、ベテランも聞いたことがないようだ。


「無理もありませんよ。白銀狼王種は、伝説上の存在ですから」

「伝説?」

「私も遭遇したことがありませんし」

「ヴィクトルの旦那でも? テオさんは?」

「俺もあったことがない。書物で読んだことはあるが、絶滅したか、そもそも架空の存在だと思っていたよ」

「私もそう思っていました。だからこそ気になるんです」


 ちょうどのそのとき、キッチンの方からコップを二つ持ったジゼラが出てきた。


「……ジゼラはどうだ? 白銀狼王種にあったことはあるか?」

「ん? わかんない。ぼくは種族とかあまり気にしないからね」 

「まあ、ジゼラはそうだよな」

「ただ、シロみたいな雰囲気を持つ魔狼にあったことがあるかって言われたら……あるかな」

「え? あるのか?」

「うん」


 そういって、ジゼラは俺の隣に座ると、俺の前にコップを置いた。

「はい、テオさん、お湯」

「用意してくくれたのか。ありがとう」

「ん。ロロのお世話おつかれさま」


 俺がお湯を飲むとジゼラも飲む。

 少しぬるめでごくごく飲める温度のお湯だった。


「うん、いい温度だ」

「お湯もおいしいよね」

「水がいいのだろうな」


 新大陸にはお茶はまだない。

 もしかしたら誰かが持ち込んでいるかもしれないが、とても貴重なことには変わりない。

 だから、新大陸ではお湯がお茶がわりなのだ。

 お茶が欲しいと思わなくもないが、お湯もまたおいしいものだ。


「うん。おいしいよ。ありがとう」

「うん」


 少しのんびりした空気が流れる。

 すると、若い冒険者が、我慢できない様子で尋ねた。


「ジゼラさん、その白銀狼王種と戦ったんですか?」

「ぼくも戦ってないよ。テオさんも一緒に会ったでしょ?」

「む?」


 ジゼラはそう言うが、俺には全く覚えがない。

 伝説と呼ばれる魔狼にあったのなら、さすがに忘れないと思う。


「打ち上げの間に、魔王が山の頂上に案内してくれたことがあったでしょ?」

「そんなこともあったな」


 魔王と勇者の一騎打ちのあと、連日宴会が行われた。

 だが、さすがに一日中、宴会が開かれていたわけではない。

 昼間には観光案内をしてくれたりもしたのだ。


「あの山の上にいた奴の雰囲気が、シロにそっくり」

「…………」

「テオさん、それも忘れたの?」


 ジゼラの言うそれもの「も」はアーリャのことを忘れていたうえに、これも忘れていたのかという意味だろう。


「いや、ジゼラ。あの方は魔狼じゃなくて精霊だろう? アーリャそうだよな?」

「うん。精霊」


 精霊は謎多き存在だ。研究もほとんど進んでいない。

 精霊のことを畏れ敬い神のように祀る地方もあるほどだ。


「でも、シロと雰囲気がそっくりだよ?」

「全然違うだろ。シロは体があるが、精霊に体がないだろう」


 精霊は魔物でも動物でもない。つまり生物ですらない。

 そもそも、精霊は物理的な存在ではないのだ。


「うーん、でもなぁ……」

 ジゼラは納得していないようだ。


 そこにケリーが戻ってきた。


「ケリー、お疲れ様。どうだった?」

「ああ、問題はなかった」

「よかった。変な物を食べたわけではなかったんだな」

『たべてない』

「そうだな。ロロは変な物食べないもんな。ロロも食べてないと言っているよ」


 ロロは遊びながらも俺たちの会話を聞いているようだ。

 そして、変な物を食べたと思われたら、沽券にかかわるとロロは思っているらしい。

 毎回、『たべてない』ときっぱりと否定してくる。


「そうか。ロロは偉いね」

「……ぁぅ」

 ケリーはロロを見てほほ笑むと、俺の正面に座るヴィクトルの隣に座った。


「ケリー。イジェがアゲタモノにショウカしにくいモノハイッテタ?」

 そういいながら、イジェがケリーにお湯をおいて、ケリーの隣に座る。

 イジェはケリーのためにお湯の準備してくれていたのだ。


「ありがとう、イジェ」

 ケリーはお湯をゆっくりと飲むと、イジェにお礼を言った。


「イジェ、ロロの出した物の中には消化不良をおこしたものはなかったよ」

「ヨカッタ」

「ああ、子魔狼たちのご飯はこのままで充分素晴らしい」

「ウン」

「これはテオさんやフィオにも聞いていて欲しいんだが」

「なになに?」


 シロと一緒に子魔狼とヒッポリアスの遊びを見守っていたフィオもやってくる。


「うん。子魔狼たちはご飯をたくさん食べる分、同じぐらい水を飲ませた方がいい」

「みず、おゆ?」

「そうだね。ぬるめのお湯が一番いいかな。あまり冷たいとよくないかもしれない」

「わかた!」

「口から業火を吐く魔狼の上位種、それも白銀狼王種だから、熱湯でも火傷はしないだろうけどね」


 子魔狼たちは、普通の動物の子供よりずっと育てやすいのかもしれなかった。

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