169 悪魔再び

 サメっぽい何者かは、強そうにも見えない。

 俺は周囲の気配を探る。そのサメっぽい奴以外、近くには居なさそうだ。


「(ピイ、この近くにあいつ以外に誰かいる?)」

『いない』

「(そうか、とりあえず話しかけてみるか)」


 危なければ全力で逃げればいいだろう。


 話しかける際、注意しなければいけないのは、怯えさせないことだ。

 優しい声で威圧させないように、話しかけなければ成るまい。

 加えて注意を払うべきは人かそれ以外かである。

 人ならば、テイムスキルは通じない。

 だが、人以外ならば、テイムスキルが通じるので、テイムの強制力などを使えるのだ。


「(旧大陸にはああいう人族はいないが……)」


 新大陸には、旧大陸の常識は通じない。


「(よし)」


 俺は深呼吸をする。

 そして、敢えて物音を少し立てつつ、離れた場所から姿を表わす。


「べ、べむ?」


 何者かは俺を見ると驚いた様子で、逃げようとした。

 体の割に短い足を一生懸命動かして、よたよたと走って逃げようとしている。

 尾びれのついた太めの尻尾が、歩行に合わせて、揺れていた。


 陸上生物とは思えない動きだ。動き自体が全く速くない。

 歩いて追いかけても、簡単に追いつけるだろう。


 とはいえ、逃げられていては話が出来ないので、俺は咄嗟にテイムスキルを発動させた。


「待ってくれ。危害を加えたりはしない」


 第三段階まであるテイムスキル。その第一段階である意思の疎通だ。

 逃げだそうとしたサメっぽい奴は、足を止める。

 テイムの強制力が働いたのだ。

 どうやら、人ではなく、魔物、もしくは動物なのだろう。


「俺は危害を加えたりはしない」

「……べむう?」


 そのサメっぽい奴は「本当に?」と尋ねている。

 とりあえず、俺はサメっぽい奴のことを、便宜上の種族名を陸ザメとすることにした。

 ヒッポリアスが海カバなのだから、陸にいるサメは陸ザメで良いだろう。

 正式名称は学者のケリーが考えれば良い。


「ああ、本当だよ」

「べむむう?」


 何しに来たのか聞いている。まだ半信半疑といった感じだ。


「ああ、俺は甜菜を探しに来たんだ。その途中で君をみつけた」

「べぇむ!」


 甜菜という言葉に、陸ザメは反応した。

 どうやら、甜菜を知っているらしい。


「よかったら甜菜のある場所まで案内してくれないか? 対価は払うよ」


 テイムの第二段階である「対等な協力関係」というやつだ。

 相手に承諾してもらい、対価を払って、協力してもらうのだ。


「……べぇむう」


 案内したいけど、できないという。


「どうして?」

「べむ」

「甜菜の採取地に怖い奴がいるのか?」

「……べぇむべむべえむ。べぇぇぇむ」


 陸ザメは本当に悲しそうだ。

 手塩に掛けて育てた甜菜の畑には近づけないという。

 どうやら、陸ザメは人ではないのに甜菜を栽培していたようだ。


 人以外が農業を行なうと言うことにとても驚いた。

 ケリーが聞いたら、興奮して喜ぶに違いない。

 だが、それは後回しだ。


「取られたって、だれに?」

「…………べむ」

「……悪魔か」

「べむべむ」


 悪魔というのは、俺たちが魔熊モドキと呼んでいるものと同じものだ。

 魔熊モドキを、イジェたちは悪魔と呼んでいた。

 人ではなく、魔物でも、動物でもない。


 フィオとシロ、子魔狼たちの群れを滅ぼし、イジェの村を滅ぼし、ボアボアに瀕死の重傷を負わせた。

 その全てが悪魔の仕業だ。


「悪魔はまだ近くにいるのか?」 

「べえぇむ」


 どうやら悪魔は定期的にこの辺りを歩いているらしい。

 そして、陸ザメたちを見つけると、殺すらしい。

 逃げ足の遅い陸ザメは、恰好の餌食だろう。


「悪魔は甜菜が好きなのか?」

「べむ」

「わからないか」

「べえむう」


 わからないが、暴れて、甜菜の畑を荒らすらしい。

 それを防ごうとした陸ザメは殺されたという。


 最近は、甜菜の畑を手入れしようと近づくと、悪魔はやってくるらしい、

 そして、陸ザメを殺すのだという。

 多くの仲間が殺されて、畑にも近づけない。

 それで陸ザメは困り果てていたらしい。


「そうか。何とかしよう」

「べむ?」

「仲間を呼んでくる。一緒に来るか?」

「べべむ」


 うまく逃げた仲間がもしかしたら戻ってくるかもしれないから離れたくは無いと言う。


「気持ちはわかる」

「べむう」


 だが、先ほどのよたよたした動きから考えるに、無事に逃げられた陸ザメはいないだろう。

 悪魔は残虐なので、イジェや子魔狼たちのように捕らえられている可能性はある。

 もし、捕らえられている陸ザメがいたとしても、自力で逃げ出せるとは思えない。


「だが、ここにも悪魔がくるかもしれないしな」

「べむ!」

「なるべく早く、そうだな。二時間以内に、ここへ戻ってこよう。だから一緒に行こう」


 ここで仲間を待っている陸ザメが悪魔に殺されるのはとても悲しいことだ。


「……べむ」

「ありがとう。急ごうな」


 俺は、同行することに同意してくれた陸ザメと一緒に、ヒッポリアスたちのところへに一端戻ることにした。

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