170 拠点に戻ろう

「こっちだよ」

「べむ」


 陸ザメは一生懸命よたよたと付いてくる。

 やはり、かなり遅い。


「抱っこしていいか?」


 俺は陸ザメに確認する。

 野生動物、野生魔物の中には抱っこされることを怖く感じるものが多い。

 人に飼われたことが無ければ、犬ですら抱っこを怖がるものが多いぐらいだ。


「べむ?」

「嫌だったら言ってくれ」


 陸ザメは抱っこが何か知らないようだ。

 俺は陸ザメのお尻を押さえて、優しく抱っこする。


「痛かったり、怖かったりしないか?」

「……べむ」


 陸ザメは大人しくしている。

 抱っこは、あまり嫌ではないらしい。

 元々、人懐こい性格なのかもしれない。


 俺は気配を殺しながら、なるべく速く歩いて行く。

 途中で、俺は小声で自分のことと、肩の上に乗るピイのことを紹介する。


「俺はテオドール、こっちはスライムの王ピイだ。よろしく頼む」

「べむう」

「名前はあるのか?」

「べぇむ」


 どうやら、名前はないらしい。

 だが、テイマーである俺は軽々しく名前をつけるわけにはいかないのだ。


 しばらく走ると、ヒッポリアスたちが見えてくる。

 ヒッポリアスの背には、ケリー、フィオ、イジェが乗っている。

 そしてシロはヒッポリアスの横で、尻尾をピンと立ててて、警戒していた。


『ておどーる!』

「……ゎぅ!」

「テ――」


 ケリーたちも俺に気づいて、声を出しかけたがすぐに止める。

 きっと陸ザメを見て、何かがあったと判断したのだ。


 そして、ヒッポリアスが尻尾を揺らしながら、ゆっくりと歩いてくる。

 背中にケリーたちを乗せているから、激しく動くのを控えているのだろう。

 一方、シロはヒッポリアスを追い越して、勢いよく元気に走ってきた。

 そして後ろ足で立って、俺が抱っこする陸ザメの匂いを嗅ぐ。

 俺が抱っこしているから敵ではないと、シロは判断したのだろう。


「ぁぅ?」

「べ、べむ」


 陸ザメはシロを見て、少し怯えた様子で、俺の服にしがみついた。

 体の大きなヒッポリアスよりも、勢いのあるシロが怖いらしい。


「大丈夫だよ。シロもヒッポリアスも仲間だからね」


 陸ザメを撫でてから、俺はヒッポリアスとシロを撫でる。


「ヒッポリアス、シロ、留守番ありがとう」

「きゅお」

「ぁぅ」

「ヒッポリアス。帰ってきたばかりで悪いんだが、急ぎで拠点に戻りたいから、乗せてくれ」

『きゅお! わかった!』

「シロは……」

「ゎぅ!」


 シロは大丈夫だと力強く鳴く。

 ヒッポリアスの走りについていける自信があるのだろう。

 ケリー、フィオとイジェが、ヒッポリアスの背中には乗っている。

 だから、ヒッポリアスは揺らさないように全力では走れない。

 ならばシロも付いてこれるはずだ。


「じゃあ、シロは走って付いてきてくれ」

「ぁぅ」


 そして、ヒッポリアスが姿勢を低くしてくれる。

 俺は早速ヒッポリアスの背に乗った。

 ヒッポリアスは大きいので、ケリーとフィオとイジェが乗っていてもまだ余裕があるのだ。

 前から、俺、ケリー、イジェ、フィオの順番である。

 子魔狼たちはケリーの抱えた籠に入っているのだ。


『いくね?』

「ああ、だが、フィオとイジェも乗っているし、あまり揺らさないようにお願い」

『わかった!』


 ヒッポリアスはあまり揺らさないようにしながら、走り始める。

 俺たちに気を使ってくれているというのに、ヒッポリアスは速い。


「シロは……」

「はっはっはっ」


 シロは力一杯走っている。


「(ヒッポリアス。シロが付いてこれる速さでお願い)」

『わかった!』


 シロはヒッポリアスに付いてこれるという自信を持っているのだ。

 そんなシロのプライドを傷付けないよう、こっそりヒッポリアスに言う。


 そうして、走っているとケリーが言う。


「テオさん、何かあったんだ?」


 フィオもイジェも、耳をそばだてて聞いている。


「目的地への移動途中でこの子に出会った。敵にはまだ会ってない」

「で、その子は?」


 ケリーは陸ザメに興味津々だ。


「甜菜を守っていた群れの生き残りらしい」

「ほう? 甜菜を?」

「詳しいことは聞いてない。あとで聞こう」

「非常事態なの?」

「魔熊もどき、悪魔が出没したらしい。そしてこの子の仲間をさらい甜菜の畑を荒らしているようだ」

「それはまずいね」


 フィオとイジェは無言で息をのむ。


「だから、ジゼラを呼びに行く」


 ジゼラなら悪魔も倒してくれるだろう。


「ところで、子魔狼たちは?」

 俺はケリーの持つ籠の中を見る。


「すやすや眠っているよ」


 子魔狼たちは気持ちよさそうに眠っている。

 子魔狼たちは赤ちゃんだから、必要な睡眠時間が多いのだ。


「よかった」


 悪魔の話を聞いたら、子魔狼たちは怯えたかもしれないからだ。


「べむう」


 陸ザメも子魔狼たちをみて、目を輝かせている。

 どうやら「とても可愛い」と言っているようだ。


 そして陸ザメは顔を上げて、

「べむ?」

 イジェを見て固まった。

 シロに出会ってから、ずっと俺にしがみついていたので、陸ザメは今までイジェに気づかなかったのだ。


「どうした? イジェを知っているのか?」

「べむべむぅ!」


 陸ザメは、俺の問いに答えずに、イジェに向かって手を伸ばす。


「イジェ、知り合いか?」

「……シラナイ」


 イジェは戸惑っているようだ。


 俺は陸ザメに優しく問いかける。

「知り合いに似てるの?」

「べぇむうべむ!」


 どうやら、陸ザメと仲の良かった人と似ているとのことだ。

 きっと、イジェの一族は、陸ザメたちから甜菜を分けてもらっていたのだろう。

 だから、陸ザメはイジェをみて知り合いだと思ったに違いない。


「…………べむ」

 イジェが戸惑っていることに気づいて、知っている人じゃないと理解したのだろう。

 陸ザメは凄くしょんぼりした。

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