168 謎の生き物

 籠の中に入っている子魔狼たちも警戒した様子だ。

 俺はイジェとケリーに向けて小声で言う。


「シロが何者かの気配を感じたらしい」

「何者かってどんな奴?」


 ケリーも小声だ。

 イジェは無言だが、不安そうにしている。


「ゎぅ」

「あぶないやつ」


 シロの言葉をフィオが小声で伝えてくれる。

 天才テイマーフィオは、シロを眷属としているので、言葉がはっきりわかるのだ。


「ヒッポリアスは何か感じるか?」

「きゅぅお」


 ヒッポリアスは匂いを嗅いだり、耳を動かしたり、キョロキョロ見回している。


「どう? ヒッポリアス。やばそう?」

『うん。いやなかんじ』


 シロに言われて、改めて調べたら、ヒッポリアスも嫌な気配を感じることができたらしい。


「嫌な気配か。ケリー、イジェ、フィオ。ヒッポリアスの背に乗ってくれ」

「わかった」

「ケリー。子魔狼たちを頼む」

「任せて」


 俺はヒッポリアスの背から降りる。

 そして、ケリーに子魔狼たちの入った籠を渡した。


「ヒッポリアス……」

「きゅお」


 ヒッポリアスは俺が頼む前に姿勢を低くしてくれる。

 それでもイジェが背に乗るのは大変だ。

 フィオは子供なのに尋常ではない身体能力があるので、頑張れば一人で乗れる。

 それにケリーも大人なので乗れないことはない。

 だが、乗るのが大変なのは間違いない。

 俺はケリー、イジェ、フィオを手助けして、ヒッポリアスの背に乗せた。


「ヒッポリアス。皆を頼んだよ。何かあれば一目散に逃げてくれ」

『うん。ておどーるは?』

「少し様子を見てくる。ヒッポリアスは戦わなくていい。もしものときは拠点に戻って、ジゼラを呼んでくれ」

『あぶないよ?』

「大丈夫。俺一人ならなんとかなる」


 そして、心配そうにしているシロのことも撫でる。

「シロも逃げることを第一にな」

「……ぁぅ」

「いざとなれば、フィオとクロ、ロロ、ルルを頼む」

「……ゎぅ」


 シロはしっかりと気合いを入れて、お座りしている。


「シロ。その嫌な気配はどちらから?」

「ぁぅ」

「あち」


 フィオが方角を教えてくれた。


「そうか。ありがとう。さて……」

『いっしょにいく。ぴぃ』

「そうだね。じゃあ、お願い」

『ぴっぴい』


 そして、俺はピイと一緒に怪しい奴がいる方向へと歩いて行った。


「(ピイ。ここからは声には出さないようにしよう)」

『わかった!』


 ピイは全く緊張していない。心強い限りだ。

 俺は気配を消して、足音を立てずに歩いて行く。


『ておどーる。すごいね』

「(ん? 気配の消し方?)」

『ぴい。そう』

「(昔、ジゼラたちと冒険してたときは、よく気配を消してたからね)」


 森の中を足音を消して歩くのは難しいが、俺はある意味では、その道の専門家だ。


 ジゼラたちが戦っている間、雑用係の俺は敵に見つからないよう、目をつけられないようにしていた。

 息を殺し、気配を消して、物音を立てないようにする必要があったのだ。

 そして、それはじっとしていれば良いと言うわけではない。

 戦況は常に動き、戦場自体も移動する。

 俺はその推移に応じて、気配を消し、敵に見つからないようにして位置を変えなければならなかった。


 ジゼラたちから大きく距離を取るわけにもいかない。

 大きな問題が起こったとき、即座に対応できなければならないのだ。

 もっとも頻発したのは、ジゼラの剣が折れることだ。

 敵の攻撃で、味方の防具が破壊されることも多かった。

 あとで直せば良い場合もあるが、すぐに直さねばならなければならないときもある。

 剣が折れたり、靴の留め具が壊れたり、ベルトが破損したら、戦闘力に影響してしまう。


 そういう場合、俺は敵の猛攻をかいくぐり、前線へと走って即座に対応したのだ。

 その場合も、敵の集中攻撃を受けぬよう、気配を殺し、音を立てず、目立たぬように素早く移動したものだ。


「(得意技だからな。心配しなくて良いよ)」

『ぴいもとくい』

「(ピイは魔力の扱いがうまいもんな)」

『ぴぃ!』


 ピイは普通の人が見ることのできない魔力の凝りをみることができるのだ。

 そして、凝りをほぐしてくれたりする。

 魔力の操作がうまく無ければできないことだ。

 今のピイは完全に俺の服に同化しているかのようだ。

 俺としても安心して行動できる。


 しばらく進むと、何者かがいるのが見えた。


 全体的に黒っぽい。

 海にいるホオジロサメに似ている気がする。

 だが、当然ながら、周囲は森で、海は遠くだ。

 それにサメとは違い、二足歩行だ。

 胸びれの替わりに短い手がはえている。

 しりびれと腹びれの替わりに短い足もはえていた。

 そして、太い尻尾があり、その先には尾びれがはえている。

 身長は〇.五メトルほどで、イジェやフィオよりも小さい。

 いや、身長だけならば、子魔狼たちの体長と大差ない。

 だが、子魔狼たちより全体的にずんぐりむっくりしている。

 体重は子魔狼よりありそうだ。


 俺は草木の陰に身を隠して観察した。

「(あれはなにかな?)」

『わかんない』

「(陸にいるし、えら呼吸じゃなく肺呼吸ってことだよな)」

『ぴい?』

「(……そうだな、その二択とは限らないよな、ごめん)」


 俺が謝ると、ピイは気にするなというかのように、ふるふるした。

 どうみても、ピイはえら呼吸でも肺呼吸でもない。

 あのサメみたいなのが、ピイのようにエラでも肺でもない呼吸器を持っていてもおかしくは無いのだ。


「(それにしても、あまり悪い感じはしないよな)」

『しない』


 ヒッポリアスとシロが警戒していたのは本当にこいつなのだろうか。

 全く嫌な気配を感じない。


「…………」


 そのサメっぽいのは、どこかしょんぼりしているように見えた。

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