164 新大陸の砂糖

 俺がイジェの家に入ると、イジェはすぐに気がついた。


「ア、テオサン」

「どのような環境で保管していたのか気になってな。俺にも見せてくれ」

「ワカッタ。コッチがテンサイをホカンシテイタツボ」

「……随分と大きいな」


 イジェなら三人ぐらい入れそうな壺だった。

 ケリーが大きいと驚いたのもわかるというものだ。


 壺が大きいので、小型化したヒッポリアスとシロでは、入り口に届かない。

 だから、イジェがヒッポリアスをだっこして、ケリーがシロを抱っこして匂いを嗅がせていた。

 ヒッポリアスとシロは真剣な表情でくんくんと匂いを嗅いでいる。


「コノツボで、トッテキタテンサイをイチジテキにホカンシテタ」

「ふむふむ。採ってすぐに砂糖にしなかったのか?」

「チイサクキッタテンサイを、コノツボにイレテ、ミズにツケル」


 それを聞いたケリーが反応した。


「ほう? 水に浸けるの? 旧大陸の製法とは違うかも」

「ミズにツケル。ソウスルト、アジがヨクナル」

「そうなんだね。切るのは水につける直前?」

「キッタジョウタイで、ムラにハコバレテクル」

「現地で切るのか」

「トテモオオキイから、ソノママだとハコブのがタイヘンって」

「なるほど、旧大陸の甜菜より大きいのかもしれないね」


 旧大陸の砂糖職人も長年かけて努力してきたはずだ。

 だから、製法が違うならば、そもそも甜菜の品種が違うのだろう。


「イチニチ、ミズにツケタ、テンサイの、カワをムイテ、サラにコマカクキッテ、ナベでニル」

「なるほど、煮出すのか?」

「ソウ。フットウサセナイヨウにチュウイシナガラニル。イチジカングライタッタラ、テンサイをトリダス」

「ほほう」

「ノコッタシルを、ニツメル。アクがタクサンデルからトリナガラ。ソシテ、ヒヤシテ、カンセイ」

「結構手間がかかるんだな」

「ウン。タイヘン」


 重かったのか、イジェとケリーがヒッポリアスとシロを下ろす。

 そして、ケリーはヒッポリアスとシロを撫でながら言った。


「水に浸ける以外は、旧大陸と大体同じみたい。イジェ、木灰は使わないの?」

「ツカワナイ」

「そうなんだね」

「ケリー。木灰を使う製法もあるのか?」

「そうだね。灰汁を木灰を入れることで沈める手法があるんだ」

「ふむ。灰汁取りの手間が省けるんなら、その方が良いんじゃないか?」

「いや、そもそも旧大陸の甜菜と同じ品種では無いだろうし、伝統製法に従ったほうがいいともうよ」


 ケリーの言うとおりかもしれない。

 実験的に色んな手法を試すのは、新大陸の甜菜の性質を知って余裕が出来てからでいい。


「砂糖を保管していた壺って言うのは?」

「コレ」


 少し小さな壺だ。それでも充分に大きい。

 イジェが入るのは難しいが、フィオなら入れそうだ。


「イチネンブンのサトウをイレルからオオキイ」

「何人分なの?」


 ケリーは、イジェたちの一人当たりの砂糖の消費量を知りたいのだろう。


「サンニン」

「そっか。旧大陸の貴族並みだね」


 砂糖は高いものなので、庶民の消費量は少なめなのだ。


「コノツボなら、フタがシッカリシマル。ムシがヨッテコナイ」

「なるほどな。虫も砂糖は好きだもんな」

「コレもモッテイキタイ」

「もちろんいいよ。甜菜を入れていた大きな壺も持って帰るか?」

「ウン。モッテイク」


 俺たちが話している間、ヒッポリアスとシロは壺の中の匂いを嗅いでいた。

 そして、イジェが小さい壺の密閉された蓋を開ける。

 中には茶色い砂糖が五分の一ぐらい入っていた。


「ウン、ブジだった」

「壺はしっかり虫から守ってくれていたみたいだね。テオさん、いい壺だと思わないか?」

「ああ、いい壺だな。今後の参考にしたい」


 壺の材料と製法、蓋の材質や製法、構造などはあとでじっくり鑑定したい。


 イジェは家の中にあったスプーンを持ってくると、砂糖を少し掬って舐める。


「ウン。ダイジョウブ。チャントオイシイ」


 品質低下していないか確かめたようだ。


「サトウのアジミスル?」

「いいの?」


 ケリーは味見したかったらしい。


「イイよ」


 イジェは新しいスプーンを取ってくると、砂糖を少し掬ってケリーに渡す。


「ありがとう……。これは上質な砂糖だな。旧大陸の最高級の砂糖より品質が高い」

「それほどか」


 俺も味見させてもらった。確かに甘くて美味しい。

 だが、俺は最高級の砂糖を知らないので、比べることは出来なかった。


「きゅおきゅお!」

「わふ!」


 ヒッポリアスとシロも味見したいらしい。

 竜のヒッポリアスは砂糖を食べても大丈夫だろう。

 だが、狼に砂糖は大丈夫だろうか。


「大量に摂らなければ大丈夫だよ」


 ケリーがそう教えてくれたので、ヒッポリアスとシロにも砂糖を与える。


『あまい!』

「わふ!」


 ヒッポリアスとシロも砂糖を気に入ったようだった。


「テオさん、ホカのイエもマワッテ、サトウをトッテクル」

「それはありがたい。そうだ、魔法の鞄を持って行きなさい」

「アリガト!」


 砂糖を入れる壺は大きい。

 イジェだけで運ぶのは重労働だ。

 だが、魔法の鞄があれば、一人で運ぶことができるだろう。


「イジェ、外で留守番してくれているフィオたちにも砂糖を味見させていいかな?」

「モチロン」


 そして、イジェは砂糖壺を回収しに走って行く。

 俺も外に出て、フィオと子魔狼のところに歩いて行った。


『たべるたべる!』「ぁぅ」『たべる』


 水を飲み終わった子魔狼たちは、砂糖を食べさせろと騒いでいる。

 どうやら俺たちの話を聞いていたらしい。


「フィオ。イジェの家に行こう」

「わかた! さとううまい?」

「ああ。うまいぞ。少しだが、味見していいよ」

「やた!」


 俺は子魔狼たちを籠に入れると、フィオと一緒にイジェの家に戻った。

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