163 新大陸の蚕の話
羊について聞いたら、次は蚕についてだ。
「イジェ。絹っぽさも感じるんだが、イジェの村では養蚕はしていたのか?」
「シテナイヨ」
「ふむ。養蚕なしで、どうやって絹を?」
「ヤセイのカイコからモラウ」
「ほほう。それは興味深い。野生の蚕か」
ケリーの目が輝いた。
旧大陸には野生の蚕は一匹もいない。
蚕というのは、人の手を借りなければ生きていけない生き物なのだ。
だから、神が人に与えた生き物であるなどと言う宗教家もいる。
「野生の蚕なんてものがいるとはな」
「テオさん。旧大陸にも野生の蚕はいるよ?」
「む? そうなのか?」
俺は、養蚕業にあまり詳しくないので野生の蚕の存在を知らなかった。
宗教家の言うことはやはりあまり信用できない。
「野生の蚕っていうのは、クワコとかヤママユだね」
「クワコとヤママユ。俺の知らない虫だな」
「クワコは、豚に対するイノシシみたいな、蚕に近い種族だよ」
「ほう? 絹もとれるのか?」
「蚕より大変だけどとれるよ。クワコは蚕と近い種族だけど、蚕は違って野生で生息しているんだ。人の手を借りずにね」
近い種族ならば、クワコをより絹を取りやすいように品種改良したのが、養蚕の蚕なのかもしれない。
そんな気がした。
「それで、ヤママユは?」
「種族的にはクワコより養蚕の蚕より遠いけど、ヤママユからも絹がとれるよ」
もしかしたら、イジェの一族が蚕と呼んでいるのはクワコかヤママユなのかもしれない。
だが、ここは新大陸。
旧大陸の蚕、クワコ、ヤママユのどれとも違う種族の可能性もある。
それは、実際に見てみないと判断することは難しいだろう。
「イ――」
ケリーが、イジェに質問攻めにしそうな気配を感じたので、それを制した。
「イジェ、あとで羊と蚕について詳しく教えてほしい。今は衣服と靴集めを優先してくれ」
「ワカッタ!」
そしてイジェは家に走って行く。
「羊と蚕は後回しだよ。今は服と靴を集めている途中だからな」
「……わかっているさ」
「ちなみに服と靴を集めたら、甜菜探しだからな」
「そういえば、そうだったね」
ケリーは甜菜探しのために付いてきたというのに、忘れていたらしい。
「それにしても、野生の蚕と、野生の羊か。ケリーどう思う?」
「イジェたちは、養蚕にも牧畜にも手を出さなかったんだね」
「それで、充分に蚕と羊の恩恵を得ることができていたとはな」
「小さい村だったからっていうのは、あるだろうけど……」
「共生ってやつか?」
「そうだね。ボアボアとも仲良くしていたし。イジェたちは本当にすごい一族だよ」
ケリーはそういって、村をゆっくりと見回す。
「優秀なスキル使いも沢山いたんだろうな」
スキルは神から与えられるという。
イジェたちは、神から愛された一族だったのかもしれない。
その後、イジェは一生懸命、衣服と靴を運んでくれた。
そして、ピイがそれをきれいにして、俺が魔法の鞄に収納していった。
「コレでサイゴ」
「おお、ありがとう。充分な量だよ」
「うんうん。これで冬もなんとかしのげそうだね」
そういって、ケリーはイジェのことを抱きしめて頭を撫でる。
イジェはゆっくりと尻尾を振った。
そして、ピイが最後の衣服をきれいにしていく。
『あそぶあそぶ?』「ぁ~ぅ」『のどかわいた』
「お、クロ、ロロ、ルルも起きたか」
ちょうどよく籠の中で眠っていた子魔狼たちも起きたらしい。
俺は魔法の鞄からお皿を出して水を入れる。
子魔狼たちを籠から出して、前に水を入れた皿を置いた。
「クロ、ロロ、ルルも喉が渇いただろう」
「ぴちゃぴちゃっぴちゃぴちゃ」
子魔狼たちは勢いよく水を飲む。
籠は日陰に置いていたとはいえ、今は夏。
喉は渇いていたのだろう。
「ゆっくり飲みなさい」
そういって、俺は子魔狼たちの頭を撫でる。
フィオも俺と一緒に子魔狼たちを撫でた。
そして、イジェは、籠の横、日陰で寝転んでいたシロに呼びかける。
「シロ。コッチにキテ。テンサイのツボのトコロにアンナイする」
「わふ!」
「きゅおきゅお!」
シロの隣にいたヒッポリアスも楽しそうについて行く。
ケリーもイジェについて行った。
イジェは、ケリーとシロ、ヒッポリアスを案内して、イジェの家の中に入っていった。
姿は見えなくなったが、声は聞こえる。
「コレ。テンサイをイレテイタ、ツボ」
「わふわふ!」
「きゅうおー」
「ほう? ここに保管していたのか」
「ソウ」
「随分と大きな壺だな」
「コノツボにテンサイをイレテオク。サトウをホカンシテイタのはコッチ」
「ほほう!」
保管方法は少し気になる。
「フィオ、すまない、子魔狼のことを見ていてくれ」
「わかた!」
「クロ、ロロ、ルルも良い子にしててね」
「ぴちゃぴちゃ!」
子魔狼たちは元気に水を飲んでいた。
そんな子魔狼たちの頭を撫でると、俺はイジェの家に走った。
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