162 イジェ一族の考え方

 イジェは、地面に敷いた布の上に、衣服を広げていく。

 それを俺とケリー、フィオも手伝う。

 そして、シロとヒッポリアスは日陰でお座りしていた。

 眠った子魔狼たちの入った籠はシロたちの近くに置いてある。


「イジェありがとう。本当に探すのを手伝わなくて良いのか?」

「イイ。アリガト。……アノイエならハイッテもイイよ」


 イジェは建物の一つを指さした。


「あの家は特別なのか?」

「ウン。イジェのスンデイタイエ」

「他の家はダメなのか?」

「ウン。ホカのイエはイジェのイエジャナイ。イジェはハイってイイってイワレテタケド……」


 恐らくイジェの一族のマナー、風習の類いなのだろう。

 家に入るには住民の許可をもらわねばならない。

 それ自体は旧大陸でも普通のマナーだ。

 イジェの村では住民が亡くなり空き家になった後も、それが続くのだろう。

 イジェの住んでいた家に入る許可はイジェが出せるが、そのほかの家に入る許可をイジェは出せない。

 そういうことなのだ。


「なるほど。わかった。入るときはイジェの家にするよ」

「ウン。アリガト」

「イジェ。だが、衣服を持ち出すのはいいのか?」


 ケリーが疑問に思うのも不思議はない。

 イジェは、住民が亡くなった後も、他者の家に入る許可を出せないのだ。

 ならば、持ち主が亡くなっていたとしても、衣服を勝手にもらってはいけないのでは無いだろうか。


「ソレはダイジョウブ」

「本当に?」

「ウン。イフクはツカイマワス。テオサンやケリーはシナイノ?」

「兄弟姉妹、親戚や近所間で子供服を使い回すことはあるな」

「私も親戚からのお下がりの服を貰って着ていたことはよくあるね」

「ソウ。ソレとオナジ」


 だが、お下がりも所有者の許可があってこそだ。

 そう思ったのだが、イジェたちはそうは考えないらしい。


「家と服は扱いが違うのか?」

「ウン。フクはツクレルヒトがツクッテ、ヒツヨウなヒトがキル」

「みんなの共同所有ってことか?」

「スコシチガウ。ツカッテイルトキは、ソノヒトのモノ」

「服は所有権はなく、優先使用権があるという考え方なのか」

「タブン、ソウ」

「家は?」

「カゾクのモノ」

「イジェは短剣を大切にしているけど、あれは?」

「アレはイジェのモノ」


 家や短剣には所有権があるようだ。

 そして、イジェたちの風習では、所有権は死後自動的に消えたりはしないのだ。

 だが、優先使用権に関しては、死後消滅するのだろう。 


「興味深い。その違いはどこから来たのだろうな?」


 ケリーは、真剣な表情で考えている。


「ワカンナイ」


 イジェにもわからないらしい。

 イジェはしっかりしているが、まだ子供。

 一族の風習に精通している長老では無いのだ。


「うーん。そうだなぁ。イジェ。衣服はスキルで作っていたのか?」

「ウン。ジョウズなヒトがイタ」

「スキルは神に与えられたものと旧大陸では考えられているんだが、こっちでもそうなのか?」

「ウン」

「神から与えられた能力は皆のために使うべきと言う考えだったりする?」

「ソレはソウ」


 神から与えられたスキルで作ったものだから、所有権はみんなのものと考えたのかもしれない。

 詳しいことは、今となっては不明だ。そのことも悲しい。

 イジェはわからないからこそ、一人の生き残りとして風習を守ろうとしているのだろう。


 そんな会話をしている間に、服を並べ終わる。


「よし、ピイ頼む」

「ぴっぴぃ」


 ピイは俺の肩からぴょんと飛び降りる。衣服の上に薄く拡がった。

 そうやって虫やカビを除去しつつ、湿気も丁度良く取ってくれるのだ。


 一息ついたので、俺は尋ねた。

「イジェ。服を鑑定したら、羊毛っぽいものが使われていたんだけど、この辺りに羊はいるの?」

「ヒツジはイルよ。ハルにケをカラセテモラウの」

「おお、牧羊をしていたのか?」

「シテナイ。ヤセイのヒツジ。ハルにヤッテクルカラ、ケをモラウ」


 話を聞いていたケリーの目が輝いていた。


「ふーむ。興味深い生態だな。旧大陸にはいないタイプの羊だね」

「今までの会話だけでわかるのか?」

「ああ。普通の野生動物は冬毛から夏毛に自然と生え替わる。シロたちもそうだろう?」

「わふ」


 日陰で伏せて休んでいるシロが返事をしてくれる。


「その羊は、イジェたちに毛を刈ってもらった方が、楽だと知っているんだろう」

「賢いんだな」

「もしくは、自力では毛の生え替わりが出来ないのかもしれない」

「そんなことがあるのか?」

「旧大陸の飼育化の羊はそうだぞ。ほおっておいたら、自力で走るのが難しくなるほどモコモコになる」

「へー。それで生きていけるのか?」

「難しいよ。もし自力で生え替わりができないのなら、数世代程度前に野生になったばかりの可能性もあるね」


 その羊の協力が得られれば、俺たちの衣服状況の大きな改善が望めるかもしれない。

 あとで、羊の特徴などを聞いて、探しに行きたい。

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