161 イジェの一族の技術力

 縫製の丁寧さ、素材の品質。

 イジェが今着ている服もそうだが、イジェ一族の服は全ての水準が高い。


「旧大陸なら、貴族が着る服の品質だな」

「そうだね。見事だ」


 コップを片手に持ったケリーが服をのぞき込む。

 おやつは全部食べたようだ。


「これを着ていれば、冬は暖かいだろうね、すばらしいよ、イジェ」

「エヘヘ」


 ケリーに褒められて、イジェは少し照れている。


「フィオのフクは、イジェがキテいたフクがアルケド……」

「大人用の服は少ないのか?」

「アルケド、スクナメ。サイズがアワナイカモ」


 俺たちの拠点にいる人間の子供は、イジェとフィオだけ。

 それに対して大人は、ジゼラを入れれば二十一人。

 二十一人分の服となると、かなりの量になるだろう。


 それに、イジェの一族の大人がどのくらいの体格なのかはわからない。

 旧大陸の人間より小さかったり大きかったりしても不思議ではない。


「サイズが合わなかったら、製作スキルで、なんとかするよ」

「デキル? ムズカシクナイ?」

「難しいけど、一から作るよりはずっと簡単だよ」

「ソカ」


 サイズ直しは、冒険中何度もやった修繕に似ている。

 ジゼラがボロボロにした服を、別の服の布をあてて、直したことは数え切れないほどある。


 しかも当時、ジゼラはまだ成長期だった。

 冒険中に成長して合わなくなった武器防具、衣服、靴のサイズ調整も俺の仕事だったのだ。


「それに、いざとなれば、不足分は俺が作るよ」

「ツクレルの?」

「難しいが、見本があればなんとかね」

「ソッカ」


 服を分析して、それと似た感じで作り出すことはできないことはない。

 型紙のある状態からつくるのか、無い状態からつくるのかの違いのようなものだ。


「だから、サイズとか気にしないで、全部持ってきてくれたらうれしい」

「ゼンブナノ?」

「もし、ボロボロの服があれば、その服の布は修繕の材料にできるし」

「ソッカ。ワカッタ」


 納得してイジェはうんうんと頷いた。


「イジェの村の衣服は布自体も非常に良いものだからな。ボロボロでも価値はあるだろうね」

「ワカッタ。サガシテクル。テオサンは、クツもサイズチョウセイデキルの?」

「靴は、服より難しいかな。だが、できなくはないよ」

「ワカッタ。ゼンブモッテクル」


 イジェは元気に家に向かって走って行った。



 そして、俺は衣服を魔法の鞄に収納していく。


「やっぱり、見事な品質だなぁ」

「助かるね」

「ああ、まだ、俺たちは布の材料を手に入れられてないからな。あとでイジェに布の材料になりそうなものがないか聞かないとな」

「それなら、この前聞いたけどね」


 さすがは植物を含めた生物全般に詳しい魔獣学者である。

 生態系調査の一環で、イジェに色々尋ねているのだろう。


「綿花も麻も野生のものがあるらしいよ」


 野生の麻や綿花で、この品質の布が作れるだろうか。

 そう思ったが、新大陸では旧大陸の常識は通用しない。

 実際に、イジェたちが素晴らしい衣服を作っているのだから、野生の麻や綿花からも作れるのだろう。


「これが野生の綿花や麻を使って作られたとはなぁ」

「そうだね。私たちより服飾関係の技術力は上なんだろうね」

冶金やきんの技術もな」

「イジェの短剣のこと?」

「それに、農具もだよ」


 イジェの短剣や農具に使われていた金属の製錬技術は非常に高かった。

 恐らくイジェの村には、かなりハイレベルなスキル持ちがいたに違いない。

 イジェの一族が魔熊モドキにやられていなければ、有意義な交流ができただろう。


「本当に残念だな」

「そうだね」


 ケリーは一瞬だけ少し悲しそうな表情を浮かべた。

 だがすぐに笑顔になって服の一つを手に取って、フィオに合わせる。


「フィオ、これもよく似合うな」

「にあう?」

「ああ、似合うぞ。これは秋ごろに着たら良いかもしれないね」

「やたー」


 その服はフィオが着るには、まだ少し大きい。

 だが、サイズ直しが必要なほどではない。


 そして、俺は衣服を一つ一つ確かめながら魔法の鞄に入れていく。


「ふむ。一度、鑑定スキルをかけてみるか」

「それがいいかもしれないね」


 俺は服の一つを手に取って、鑑定スキルを発動する。

 素材や製法などが、頭の中に流れ込んでくる。


「……知らない素材が多いな」

「綿と麻じゃないの?」

「わふう?」


 ケリーとフィオが尋ねてくる。

 秋物には麻が多めで、冬物には綿が多め。

 見た目はそんな感じだった。


「綿と麻なら、俺の知らない綿と麻だな」

「新大陸だから、そういうこともあるだろうね」

「しんたいりく!」


 フィオはなぜか嬉しそうに尻尾を振っていた。


「羊毛っぽいものと、絹っぽいものがあるな」

「それも、テオの知らない羊毛と絹ってことかな?」

「その通りだよ」

「新大陸の羊とかいこか」


 絹は蚕という虫の作る繭から作られるのだ。


「イジェたちは養蚕をやっていたのかな?」

「それは聞いてないなぁ」


 そんなことを話していると、イジェがまた家から衣服を持ってやってきた。

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