151 魔族の話

 俺のお疲れさま会の説明を聞いて、冒険者たちは驚いていた。


「魔族ってのは気持ちのいい奴らなんだな」

「そうですね。でも、結果的にそのおかげで、人族の国々は魔族に無理を言えなくなったんですよ」


 ヴィクトルが笑顔で言う。

 ヴィクトルは、著名な冒険者であり冒険者ギルドの幹部であるだけでなく、生まれついての貴族なのだ。

 普通の人より事情をよく知っている。


「試合に敗れたとはいえ、魔王は健在。一騎討の後、集団で襲ったりしてもいないので幹部連中なども当然健在」

「魔王の国の国力は温存されていたってことだな」

「そうです。それに魔王は力比べに満足して、人族の大陸に攻め込むのをやめたわけですし」

「人族側としても戦争を継続する理由がなくなったしな」


 それまでの戦いで魔族の強さは思い知らされている。

 理不尽な要求をして、魔族を怒らせるわけにはいかなかったのだ。

 そんなことをすれば、強力な魔族との間で戦争が再開しかねない。

 そのうえ、切り札ジゼラは魔族と仲良くなってしまった。

 理不尽なことをいったら、ジゼラが魔族側に回りかねないとすら思っただろう。

 だからこそ、二つの旧大陸は平和になったのだ。


「……懐かしいな」

 俺がつぶやくと、ジゼラが責めるような目でこちらを見る。


「僕はつい先日こっちに来たばかりだけど、テオさんはもっと早く気づくべきだと思うよ?」

「いや、そうはいっても、十年前に会っただけだし、七歳だったし」


 子供は成長とともに大きく変化する。

 十年前に二十歳と会ったのなら、気づけたかもしれない。

 だが、十年前に七歳と会っただけなら、気づかなくても仕方ないと思う。 


「それに、フードかぶっていたし」

「…………最初はかぶってなかった」

「え?」

「テオさんに自己紹介しても気付かないから」

「そ、そうだったっけ?」


 アーリャに再会したのは、魔族の大陸の港町カリアリだった。

 そこで、調査団のみんなと合流したのだ。

 みんなで自己紹介したのは覚えている。

 アーリャのことも、魔族の冒険者も参加するんだなと思ったことは覚えている。


「気付いてもらえなくて……ショックでフードをかぶった」

「そ、そうだったのか。ごめん」


 それを聞いていた冒険者たちが言う。


「ああ、確かにフードはかぶってなかったな」

「なんか航海の途中で急に長袖の服を着てフードをかぶるようになったんだよな」

「そうだったそうだった」

「心配して、暑くないのか? って聞いても大丈夫としか言わないし」

「あーあ、やっちまったな、テオさん」


 冒険者たちはニヤニヤしていた。

 絶対に面白がっている。

 気付かなかったことは仕方のないことだとは思う。

 だが、子供の頃の思い出は大切なもので、それを忘れられていたとなると傷つくだろう。

 だから、俺は頭を下げた。


「すまない。気が付かなくて」

「うん。気にしてない」


 アーリャはそう言ってほほ笑む。

 魔王を倒したジゼラとその仲間は魔族たちの人気者だった。

 魔族たちには、強者に対してあこがれを持っているのだ。

 子供にとって、ジゼラの仲間というだけで、俺もあこがれの対象だったのだろう。


「テオさんは昔から鈍いからね!」


 ジゼラはなぜか嬉しそうだ。

 鈍さの権化のようなジゼラにだけは言われたくない。

 とはいえ、実際、気づかなかったので反論も出来ない。


「アーリャ、お父さん元気?」

「はい、元気です」

「そっか。何よりだね」

「父も、ジゼラさんやテオさんに会いたがってますよ」

「今度いこっかな。今も魔王城に住んでるの?」

「はい」


 ジゼラとアーリャの会話を聞いていた冒険者たちが少しざわめく。


「アーリャの親父さんは魔王城に住んでいるのか?」

「あ、はい。そうです」

「すげーな。アーリャは上級貴族家出身だったのか」

「道理で、どこか気品があると思ったんだよな」


 そんな冒険者たちに、ジゼラが言う。


「貴族じゃないよ?」

「え? だが魔王城に住んでるのは貴族さまぐらいだろ?」

「いやいや、アーリャのお父さんは魔王だよ?」

「え?」

「嘘だろ?」


 ジゼラの言葉を信じられなかったのか、冒険者たちが俺を見る。


「そうだよ。魔王に俺の娘だって紹介されたからな」

「そうですよ。アーリャさんのお父上は魔王ですよ」


 ヴィクトルも笑顔で言う。


「ヴィクトルさん! 知ってたのか?」

「当然です。調査団のメンバーを選んだのは私ですから」

「へー。そうだったのか……」

「よく親父さんも許可したなぁ」

「ああ、危険な調査団への同行なんてな」


 一般的な王族は、本当に危険な任務には就かないものだ。


「俺たちは家族のいない奴らがほとんどだからな」


 俺にも家族はいない。

 俺と同様、家族をうしない路頭に迷い、仕方なく冒険者になる者は多いのだ。


「ヴィクトルさんぐらいか?」

「私には孫もいますからね」


 そういって、ヴィクトルは微笑んだ。

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