149 アーリャの大魔法

 俺とジゼラ、イジェ、ヴィクトルたち冒険者が見守るなか、アーリャは中庭の中央へと歩みを進める。

 もっとも熱い視線を送っているのは、フィオとシロだ。


「ありゃせんせい、がんばれー」

「わふわふ!」


 その一方で、ヒッポリアスと子魔狼たちは、あまり興味がないらしい。


「きゅお?」

『あそぶ?』「ぁぅ」『なでて』


 俺の足の上に乗っているヒッポリアスはクロのことをべろべろ舐めていた。

 ヒッポリアスの隣に陣取っているクロは俺のお腹に前足を乗せて、尻尾を勢いよく振っている。

 ロロとルルは、俺の服を咥えて引っ張っていた。


 俺はヒッポリアスと子魔狼たちを順番に撫でる。

 そうしながら、アーリャを見た。

 中庭の真ん中まで歩いたアーリャは、自分の身長より大きな杖を水平に構える。


「なんか気品があるよねー。アーリャって」

「そうだな。育ちがいいのかもな」


 アーリャは深呼吸をすると、ぼそっとつぶやいた。


「じゃあ、始める」


 次の瞬間、アーリャの目の前に火球が出現した。


「おお、発動が速いな」

「すごいねぇ」


 俺のつぶやきに、ジゼラも同意する。


「火魔法で、地面を乾かすのか?」

「魔力操作がむずかしいんじゃないか?」


 そんなことを冒険者たちが話している。

 周囲に何もないならともかく、建物がある状態だと火の魔法は取り扱いが難しい。

 少し失敗すれば火事になりかねないからだ。


 みんながかたずをのんで見守る中、火球の光が強くなっていく。

 恐らく温度が急上昇しているのだ。

 だが、こちらには全く熱が伝わってこない。

 熱が伝わらないように、完璧に魔法でガードしているのだ。

 その魔力操作はすさまじい精度である。


 俺たちが感心しながら見ている中、アーリャは杖を立てた。

 すると、火球はそのままに、風が吹いた。

 吹き始めた風は、徐々に強くなりながら、アーリャを中心として渦巻いていく。


「炎魔法と風魔法の同時行使か。凄いな」

「すごいねー。テオさん、あれ見てよ。しかも炎と風をほとんど完ぺきに制御しているよ」

「確かにこちらに熱も伝わってこないし、風もほとんど流れてこないな」


 こちらにも、わずかながら風は吹いている。

 だが、アーリャを取り巻く風は竜巻のようだ。


「……きゅお」

「……わふ」「……」「ぁぅ」


 先ほどまで興味無さそうにしていたヒッポリアスと子魔狼たちも、今ではアーリャの魔法に釘付けだ。


「炎で風を温めて、その熱風で水溜まりを蒸発させているってことだよな」


 俺は魔法の専門家ではないので、ジゼラに尋ねる。

 ジゼラは戦闘職なので、魔法の機能を見分けるのがとてもうまいのだ。


 魔法に関する単純な知識量ではジゼラより俺の方が上だ。

 だが、魔法を見分ける技術はジゼラが圧倒的に上である。

 ジゼラは、その魔法にどのような機能があるのか一瞬で判断し対処する能力がずば抜けて高いのだ。


「うん。テオさんの見立てであってるよ」


 ジゼラに抱っこされているボエボエも興奮気味に「ぶいぶい」鳴いていた。


 皆が注目する中、アーリャは順調に中庭を乾かしていく。

 火球で熱した空気が竜巻のようになって、中庭の地表を撫でていく。

 大魔法だが、俺たちの方にはほとんど影響がない。

 炎魔法と風魔法を高度なレベルで実行しながら、こちら側に影響が出ないように二重三重にガードしてくれているのだろう。


 中庭はあっという間に乾いていく。

 それを確認して、アーリャは魔法を収束させる。

 火球は小さくなり、竜巻は小さくなって、消えていく。


「あっ」


 竜巻が消える直前、アーリャがいつもかぶっているフードが外れた。

 一瞬、竜巻から自分を守る防御魔法の解除が早かったせいだろう。

 フードが外れたせいで、エルフのようにとがった耳と魔族特有の角が見えた。


 魔法が終わると、アーリャは再びフードをかぶり、杖を降ろした。

 俺はヒッポリアスと子魔狼たちを床に降ろして立ち上がる。

 そして、アーリャのもとに駆け寄った。


「お疲れさま。本当にすぐに乾いたな」

「うん」

「見事な魔法だった」


 中庭に足を踏み入れたとき、ぬかるむ感じが全くなかった。

 まるで、最後に雨が降ってから二週間後の夏の日の地面のようだ。


「きゅうお」

「わふわふわふ」「ぶぶい」


 後ろでは子供たちが騒ぎ始める。

 乾いた地面で遊ぶのも、それはそれで楽しいらしい。


「アーリャさん、お見事でした。これほど美しい魔法を見ることができるとは、眼福でしたよ」

「そんな、大したことしてない」


 ヴィクトルにも褒められて、アーリャは少し照れている。


「いやいや、大したもんだって、なあ」

「ああ、すげーよ。魔法の二種同時行使か?」

「いや、三種だ。そして魔法自体は四つ発動してた。炎、風、防御の内と外」


 魔導師の冒険者が解説してくれる。

 そのまま感動した様子でアーリャの手を取った。


「俺も多くの魔導師を見てきたが、これほどの魔法は見たことない。感動した。ありがとう」

「ん、いや、うん」

 手を取られてアーリャは戸惑い、

「何どさくさに紛れてアーリャの手を握ってんだ。ふざけんな」

 魔導師は他の冒険者に、頭をはたかれて、引き離されていた。


 その様子をジゼラは、真剣な表情でじっと見つめていた。

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