148 謎の多いアーリャ

 俺はヒッポリアスと子魔狼たちを撫でまくりながら、ボエボエの方を見た。


「ぶぼぼ」

「もっと食べなね」


 ボエボエはジゼラのひざの上に乗って、おやつのお肉を食べさせてもらっていた。

 ボエボエもドロドロなので、ジゼラもかなり汚れている。

 だが、ジゼラは全く気にしていないようだった。


 そんなジゼラとボエボエを眺めていると、ジゼラを見るアーリャに気付いた。

 深くかぶったフードの中から、じっとジゼラを見つめている。

 まるで恋する少女のように熱い視線だ。


「ふむ」


 実績も実力も随一である勇者ジゼラに憧れる冒険者はとても多い。

 十年前の魔王討伐以降に冒険者となった若者の世代は特にそうだ。


 調査団の冒険者は実績のある経験豊富なベテランが多い。

 冒険者歴十年未満の若手はアーリャ含めて三人ぐらいしかいないのだ。

 その三人の中でもアーリャは特に若い。

 だから勇者ジゼラに憧れていたとしても不思議なことは何もない。


 そんなことを考えていると、アーリャが俺の視線に気づいてこちらを見た。

 そしてこちらにやってくる。

 

「テオさん。中庭を乾かす?」


 どうやら、アーリャは水たまりを何とかしろと、俺が目で訴えていると考えたらしい。


「いや、放っておいても乾くだろう」

「でも……」

「きゅお?」「わふ?」


 アーリャは、泥だらけで俺のひざの上に乗ったり足をかけているヒッポリアスと子魔狼たちを見る。


「まあ、服は後で洗うさ。それにあれだけの大魔法を行使した後だし、アーリャも休んだらいい」

「大丈夫。余裕が過ぎる」

「ほほう。それは凄いな」


 もしそれが本当ならば、魔族の魔導師だけあって、大した魔力量だ。

 いや、魔族の魔導師の中でも相当だ。

 十年前の魔王討伐戦の途中で出会った魔族の魔導師の中でも相当上位に来るだろう。


「最近魔法を使ってなかったから。なまってる。できれば使いたいところ。それにフィオにも見せたい」


 魔法を教えることにしたフィオに、沢山魔法を見せてあげたいというのはわかる。

 その方が、フィオの魔法教育にもいいだろう。


「そうか。それなら……お願いしようかな」

「うん」

「だが無理はするなよ」


 今日は快晴。夏の日差しが降り注いでいるのだ。

 放っておいても、数時間で水たまりは乾くだろう。


「わかってる」


 アーリャは、中庭の中央へと歩いていく。


「水たまりを乾かすらしいぞ」

「炎魔法か?」

「いや、風魔法だろう」


 おやつを食べていた冒険者たちも興味津々な様子で見守っている。

 先ほどの雨を降らせる魔法があまりに見事だった。

 だからこそ、みんなアーリャの魔法が気になって仕方がないのだ。


「テオさん、テオさん」

「ぶぶい」

「どうした?」


 ボエボエを抱っこしたジゼラが俺の隣にやってきた。


「さっきの雨を降らせる魔法は終わりしか見てなかったんだけど、凄かったねぇ」

「そうだな。大したもんだ」

「リリアとアーリャ、どっちが強いと思う?」


 ジゼラはかがんで、俺の耳元に顔を寄せると、声をひそめて囁くように聞いて来る。

 どっちが強いというのが、魔導師や冒険者にとってデリケートな話題であることは、ジゼラでも知っていたらしい。

 そのことに少し驚いた。

 この十年で、ジゼラも成長したようだ。


「そうだなぁ。アーリャとリリアか」


 俺も小声で返答する。

 リリアは、俺たちと一緒に魔王を討伐した仲間だ。

 賢者と呼ばれる当代最強の魔導師でもある。


「やっぱり、リリアの方が強いと思うかな」

「そっか、テオさんはそう思うんだね」

「ジゼラは違う意見なのか?」

「いや、違わないけど」

「違わないのか」


 俺は魔法の専門家ではない。

 だからどちらの魔導師が強いかを判断するのは難しい。


 とはいえ、リリアはジゼラより少し年上。二十台半ばから後半に差し掛かるところだ。

 まだまだ若いとはいえ、どうみても十代のアーリャより、実戦経験が豊富だ。

 特に最近は世界が平和になったおかげで、若い冒険者は実戦経験が不足気味なのだ。


「十年前、俺たちのパーティーは、強敵と山程戦ったからな」


 連日連夜、文字通り寝る間もないぐらい強敵と戦い続けたときもあった。

 全滅しかけたことも一度や二度ではない。

 俺の仲間たちは、旧大陸でも戦闘経験の最も豊富な者たちなのだ。


「多少魔法の腕前に差があるぐらいなら、実際に戦ったらリリアが勝つよ」

「そうだね」

「それに、魔法の腕前自体も、リリアの方が上だと思う」


 雨を降らせる魔法も、リリアならやって見せるだろう。


「でも、なんか、アーリャには何かある気がする」


 ジゼラが俺の耳元でささやき続けるので、凄くこそばゆい。

 だが、大声で話す内容でもないので仕方がない。


「何かってなんだ?」

「わかんない。似た感覚を昔覚えたような……。なにか正体のわからない何かを隠しているような……」

「ふむ? 俺にはわからんな」

「僕もわかってないよ。忘れているのか、勘違いか。それもわかってないし」


 ジゼラは珍しく真面目な顔をしてアーリャのことを見つめていた。


「それがわからないから、どっちが勝つとはまだ断言できないかな」

「ふーむ」

「それでも僕もリリアが勝つと思うけど」


 どうやら、ジゼラはアーリャに底知れぬ何かを感じているようだ。

 だが、俺は全くそんな気配を感じない。

 優秀な魔導師なのは間違いない。それでも底知れないとは思わない。


 俺はジゼラの感じる底知れなさというものが気になって、アーリャのことをじっと見た。

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