144 雨を降らせる大魔法

 アーリャが、攻撃魔法の優れた使い手だということは俺も聞いていた。

 だが、幸運なことに、アーリャの魔法を見たことはなかった。

 攻撃魔法の使い手の出番など、無いにこしたことはないのだ。


「本当に見事な魔法だな」

「ねーすごいねー」

「そうだな」


 水を集める時点で非常に高度な魔法だ。

 普通の魔導師では不可能だ。


「アーリャがいれば航海でも飲み水には困らなかったのでは?」

「のめる?」

「飲めるだろうな。あ、クロ、飲んだらダメだよ」

「ぁーぅ?」


 落ちた水を飲もうとしていたクロが俺を見て首をかしげた。

 飲めるって言ったじゃないかと、不思議に思っているようだ。


「空にある間は綺麗だけど、地面に落ちたらドロドロになっちゃうからね」

「ぁぅ」


 ヴィクトルは、水の確保能力も込みでアーリャを調査団に加えたのかもしれない。

 航海中、水が不足する可能性ができたとき、ヴィクトルは俺に水を何とかできないか聞いてきた。

 もし、俺ができないと言ったら、アーリャに頼んでいたのかもしれない。


 飲料水の欠乏は、全滅に直結する。

 そんな大きなリスクを、俺とアーリャの二重で回避しようとしたのだろう。


「……まあ、あの時は凪だったしな」

「なぎ?」

「風が吹かないことだよ。ここに来る航海の途中で、風が吹かなくて立ち往生したことがあったんだ」

「わふー」


 ヴィクトルは、アーリャにはできれば風を吹かせてもらいたかったのかもしれない。

 俺のスキル的に風を吹かせることはできない。

 だから、水は俺に、風はアーリャに任せるというつもりだったのだろう。

 実際は、ヒッポリアスが船を押してくれたので、アーリャの出番はなかったのだ。


 俺とフィオが話している間も、水の粒は降り続ける。


「…………」

 アーリャは無言のまま、集中して魔法を制御していた。


 俺は魔導師ではないが、相当高度な魔法が使われていることはわかる。

 水を集めて維持する魔法。

 集めた水を細かく分割した後、少しずつ落下させていく魔法。

 加えて、水滴の落下速度を、本物の雨と同じぐらいに加速させなければならないのだ。

 少なく見積もって三つの魔法を同時に行使している。

 もしかしたら、俺とジゼラの昔の仲間、賢者と呼ばれていた魔導師といい勝負をするかもしれない。


「おお、すげーな、おい」

「急に雨が降ったと思ったら、魔法だったのかよ!」


 雨音に気付いた冒険者たちも建物から顔を出して驚いている。

 ベテランの冒険者でも、中庭という狭い範囲とはいえ雨を降らせる魔法は見るのははじめてなのだ。


「水はけのテストのために、アーリャに頼んだんだ」

「へー。凄いもんだなぁ」


 俺が説明すると、冒険者たちは感心した様子で、アーリャと降る雨を眺めている。


「おっと、大事なことをわすれるところだった」


 アーリャが雨を降らせてくれているのは、水はけのチェックのためだ。

 あまりにもすごいアーリャの魔法に感心している場合ではない。

 俺は水はけの様子を確認していく。


 排水溝は全部で五本だ。

 その全ての排水溝が問題なく機能しているか順番に回ってチェックしていく。


 どのくらいの量流れるのか、流れたときに何か詰まりやすい構造の欠陥はないか。

 きちんと調べて改良すべきところは改良しなければならない。


「大丈夫っぽいが……、いや、引っかかりうるな」


 土や砂は問題ない。

 だが、大きめの石や木の枝が流れこんだら、詰まる可能性がある。

 構造上の問題ではない。太さの問題だ。


「……大雨の時は排水溝のふたを外しておくべきかもな」

 それに、定期的な掃除も欠かせない。


「排水能力は……問題なさそうだな」


 アーリャの降らせてくれた水量は非常に多かった。

 豪雨の中でも激しい部類に入るだろう。

 それだけの水量が降っても、中庭に水はほとんどたまらなかった。

 排水溝からちゃんと排水されている。


「すごいねぇ」

「きゅおきゅお!」

「お? ジゼラとヒッポリアスか。畑の仕事は終わったのか?」


 排水溝をチェックしていると、いつの間にか俺の横にジゼラが立っていた。

 そして、小さなヒッポリアスが、俺の足に前足をかけている。

 俺はヒッポリアスを抱きあげた。


「ん? 大きな魔法の気配を感じたから、何事かと思って走ってきた」

「きゅうぉ」

「そうだったのか、心配をかけた」


 ジゼラとヒッポリアスは敵の襲撃などを警戒してくれたのだろう。


「全然全然。気にしないでよ」

「きゅおきゅお!」

「それにしてもすごい魔法だね。こんな魔導師滅多にいないよ」

「ジゼラの目から見てもそう見えるか」

「そうだね。で、テオはなにしてるの?」

「水はけのチェックだよ。そのためにアーリャに雨を降らしてもらったんだ」

「へー」「きゅおー」


 ジゼラとヒッポリアスは、尊敬のまなざしでアーリャを見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る