145 泥遊び

 俺が排水溝のチェックが全て終わらせた頃、雨も降り終わる。


「アーリャ。ありがとう、助かったよ」

「……どう?」


 さすがのアーリャも、大魔法を行使したばかりだ。

 額に汗を流している。


「無事にテストできた。相当な豪雨でも、あふれることはなさそうだよ」

「それならよかった」


 アーリャがほっとした様子でほほ笑んだ。


「おい、アーリャすげーな!」

「凄腕とは聞いていたが、ここまでとはな!」


 建物から覗いていた冒険者が駆け寄っていく。


「うわ、ドロドロだ」


 廊下を通らず、中庭を突っ切ろうとしたせいだ。

 雨のせいで多少中庭がぬかるんでいる。

 水はけを良くしても、地面が土である以上、ぬかるむのは避けようがない。

 もちろん、沼のようになっているわけではない。

 ところどころに、水たまりができている程度だ。

 

「折角、テオさんが石の床を作ってくれたんだ。そっちを通れよ」

「た、たしかに」


 最初に中庭に突っ込んだ冒険者以外は、先ほど俺が敷いた石の床を通ってアーリャのもとにかけていく。


「本当に凄い魔法だったぞ」

「ああ、長年冒険者をやっていたが、これほどの魔法はみたことがないほどだ」

「ありゃすごい!」「わふわふ」


 フィオとシロも大喜びではしゃいでいた。

 楽しそうに尻尾を振りながら、アーリャの周りをぐるぐる回っている。


 俺に抱っこされたヒッポリアスも、

『すごい!』

「なーすごいよな」

 興奮気味に尻尾を振りまくっている。


「きゅおきゅお!」

「ん。降りたいのか」

『おりる!』


 床に降ろすと、ヒッポリアスはアーリャの方にかけて行く。

 そして、フィオとシロと一緒に、アーリャの周りをぐるぐる回る。


 その様子を眺めていると、

「テオさん。水はけのテストですか?」

 ヴィクトルから声をかけられた。

 ヴィクトルもジゼラやイジェ、ヒッポリアスたちと一緒に畑にいたはずである。


「ヴィクトルも心配して駆け付けてくれたのか。事前に言っておくべきだったな」


 大魔法を使ってもらうならば、事前に報せておいた方が良かった。

 何も知らない状態で、魔法の雨が降りはじめたら何事かと思うだろう。


「いえ、心配していたわけではないですよ。ジゼラさんが走っていきましたし」

「ならなぜ?」

「そろそろ休憩時間だったからです。お菓子でも食べようと戻って来ただけですよ」

「そうか、こっちも子魔狼たちとおやつを食べたばかりだよ」

「労働途中に食べるおやつは大切ですからね」

「ということは、イジェたちも?」

「はい、皆戻ってくる途中です」


 飛竜とボアボアにもおやつを上げたいところだ。

 作業が終わった後にでも遊びに行ってあげたい。


「それで、テオさん、水はけのテストの結果はどうでしたか?」

「問題はなさそうだよ。ものすごい豪雨をアーリャが降らせてくれたんだが……」

「大きめの水たまりがいくつかできた程度ですね。これなら問題なさそうですね」

「排水がうまくいったんだろう。で、排水溝はここなんだが……」


 俺は排水溝のふたを外して、ヴィクトルに見せる。


「なるほど。相当な水量を流せそうですね」

「ああ。だが、大雨が降っているのに、ふたを閉めたままだと、枝や大きめの石で詰まるかもしれない」

「雨が激しくふりはじめたら、ふたを外した方がいいかもですね。それに定期的な掃除も大切ですね」

「まさにその通りなんだ」


 排水溝を詰まらせないための日々の管理について、俺がヴィクトルと相談していると、

「きゃふきゃふ」「ぁぅ」「ぁぅゎぅ」

「きゅうお~」

 子供たちの楽しそうな声が聞こえて来た。


 そちらの方を見てみると、ヒッポリアスと子魔狼たちが中庭で転げまわって遊んでいる。

 アーリャが雨を降らせた後なので、当然地面はどろどろだ。


「おお……、凄いことになっているな」

「ぴぃ……」


 俺の肩に乗っていたピイも、ドロドロになったヒッポリアスたちをみて、ちょっと引いている。


「まあ、楽しそうだからいいかな」


 アーリャの周りをはしゃいで走り回っていたシロが子魔狼たちの様子に気付いた。


「が、がぁぅ」


 少し慌てた様子で、シロは子魔狼たちを泥から引き揚げようと、中庭に降りようとする。


「あ、シロ待って」

「がう?」


 ドロドロの子魔狼たちを連れ戻そうとすれば、シロまでドロドロになってしまうだろう。


「シロは見てて」

「がう」

「さて、どうしようかな」


 抱っこして風呂場に連れていくと、俺まで泥だらけになる。

 泥だらけになること自体はいやではないが、服を洗うのが面倒だ。


「そうだなぁ」


 風呂場まで歩いて移動してもらえば、足跡を消すだけでよさそうだ。

 そんなことを考えていたら、フィオも、子魔狼たちの惨状に気付いたようだ。

 アーリャのところから、小走りでやってくる。


「だいじょうぶ? ふぃおがだこする?」

「大丈夫だよ。抱っこも大丈夫」

「そか」

「ヒッポリアスも、クロ、ロロ、ルルも楽しそうだし、飽きるまで遊ばせてあげよう」

「わふ」


 俺は作ったばかりの石の廊下に座って、楽しく遊ぶ子供たちを眺めた。

 俺の隣にヴィクトルも座って一緒に眺める。


「ウワ。スゴイ。イシ!」

「ぶぶい!」


 ヴィクトルたちから遅れて、イジェとボエボエが到着する。

 イジェは、俺の敷いた石の床を見て、驚いてくれたようだ。

 そして、ボエボエは、ドロドロになって転げまわるヒッポリアスと子魔狼たちを見て、目を輝かせた。


「ぶぶうぃ!」


 ボエボエには石の廊下など、目に入らないようだ。

 そのまま嬉しそうに泥に突っ込んでいった。

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