143 魔族の魔導師

 アーリャは、恐らくフィオたちが気候学者を訪れたとき近くにいただけだろう。

 フィオとシロは、きっと気候学者に「あめふる?」って聞いたに違いない。

 水はけの具合を調べたがっている俺がいつ雨が降るか知りたがっているなどと、フィオたちが言ったとは思えない。


「環状に廊下を作るなら水はけは大事」

「まさにその通りだ」


 アーリャは朝食の時、俺が環状に廊下を作ると言っていたのを聞いていた。 

 その情報と、フィオの片言の言葉を組み合わせて、俺が水はけのテストをしたがっているのだと予想したらしい。


「中庭だけなら、雨を降らせられる。豪雨でいい?」

「もちろん、豪雨の方がいいが……大丈夫か?」


 小雨なら水はけが悪くてもどうとでもなる。

 別に排水溝などなくても、土にしみこんで、天気が良くなったら蒸発して終わりだ。

 だが、大量の雨が降れば、土にしみこむ許容量を超えてしまう。

 そして、俺の作った排水溝の許容量すら超えてしまったら、中庭が池になる。


「豪雨を降らせるって、水魔法を工夫するんだと思うが……、魔力消費が激しすぎないか?」

「大丈夫。私は魔族。魔力量には自信がある」

「そうか。それならいいんだが……」

「最近、私の活躍の場がない」


 アーリャは戦力として非常に強力で、調査団になくてはならない人材だ。

 だが、最近は、冒険者たちは魔物と戦闘をしていない。

 アーリャはあまり自分が役立てていないと思ってしまったのだろう。


「いいことじゃないか。戦闘要員は、活躍の場がない方がいいんだからな」


 戦闘要員が戦うときは、基本的に敵に襲われた時だ。

 平和な方がいいに決まっている。


「でも私は魔導師だから」


 戦闘要員でも戦士たちは力も強い。

 木を切ったり、運んだり、力仕事で活躍している。

 魔導師たちもできる限り雑用を手伝ってはいる。

 だが、戦士たちと比べて活躍できていないと感じているのかもしれない。

 なにより専門技能で役立てていないことが、心苦しいのだろう。


「なるほどなぁ」


 先日、毛布を洗濯したとき、魔導師が風を起して乾燥を手伝ってくれたことがあった。

 あのときの魔導師はアーリャとは別だ。

 だが、魔導師たちは皆、活躍の場を求めているのかもしれない。

 調査団に参加するような者たちは、金よりも活躍の場を求めているのだ。

 

「そういうことなら、お願いするよ」

「うん。がんばる」

「だが、本当に自分が役立たずではないかとか気にするな。ヴィクトルは必要な人材しか連れてきていないしな。必要な時はヴィクトルも遠慮せずに頼むだろうし」

「うん」


 今活躍の場が少なかったとしても、けして不必要な人材というわけではない。

 何も気にする必要はないのだ。

 むしろ仕事がないなら、適当にのんびりしていてもいいぐらいだ。

 誰も文句は言わないだろう。


 神妙な顔をするアーリャに、フィオが目を輝かせて尋ねる。


「あめふる?」

「うん。降らせるよ」

「すごい! かこいい!」「があう!」


 楽しみらしく、シロは目をキラキラさせてお座りしている。

 シロに床に降ろしてもらったルルも、シロの真似をしてお座りしていた。


『おりるおりる!』「ぁぅ」


 フィオに抱っこされているクロとロロがバタバタ暴れている。

 抱っこよりも床に降りて、遊びたい気分なのだろう。


『あめ!』「ぁぅ!」


 フィオに降ろしてもらったクロとロロはルルの横にお座りしている。

 魔法で雨が降る瞬間を見たいのだろう。


「…………」


 そんな子魔狼たちをみて、アーリャは無言でほほ笑むと、大きな杖を水平に構えた。

 すると、見る見るうちに上空に巨大な水球が作られていく。


「……おお。大気中から水分を集めているのか?」


 見事な魔法の技術だ。超一流の魔導師といっていい。


「わふ! すごい」

 フィオも興奮している。


 その間も水球は大きくなっていく。

 水球の直径が俺の身長の倍ぐらいになったとき、アーリャは

「…………」

 無言で大きな杖を横に払った。


 次の瞬間、水球は細かく砕け散り、少しずつ落下を開始する。

 少しずつといっても、地上ではまさに豪雨といった様相だ。

 激しい雨音がなった。地面に雨滴が当たって跳ね返る。


「きゃうきゃう!」「ぁぅ」『だめ』


 クロが大はしゃぎで雨の中に突っ込もうとして、ロロとルルに止められていた。

 普通の雨ならともかく、これはただの雨ではない。

 アーリャの魔法制御が失敗すれば、水が一気に降ってくることになる。

 身体の小さな子魔狼さだと危険だろう。


「がぁう」

「……きゃふ」


 シロにもダメだよといわれて、クロはあきらめたようだ。

 クロは聞き分けがよくて、とても良い子だ。

 止めたロロとルル、それにシロもとても偉い。


 俺は子魔狼たちとシロの頭を撫でてやる。


「えらいぞ。少し離れて見ていような」

「わふ」


 フィオとシロ、そして子魔狼たちは魔法の雨をじっと見つめる。


「……すごい」


 特にフィオは熱こもった視線を雨とアーリャに向けていた。

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