139 木々の伐採に対するイジェの懸念

 近くで聞いていた冒険者たちも言う。


「朝起きて最初にする仕事が雪かきだとしんどいからな!」

「ああ、朝ご飯を食べるために、雪かきして食堂までの道を作るとか想像するだけで嫌になるぜ!」

「ちげえねえ!」


 冒険者たちからの賛同も得られたようだ。

 これで、安心して通路づくりに邁進できるというものだ。


「テオさん、建材は足りているかい? 手伝うよ!」

「ありがとう、助かるよ。そうだなぁ」


 冒険者に尋ねられて俺は少し考えた。


「木材は……畑を拡張する際に手に入れたやつがあるから、それでいいとして……」

「だけど、テオさん。木材は薪にも使うし、いくらあっても困らないし、たくさん集めておけばいいんじゃないか?」

「ああ、ヒッポリアスやボアボアに手伝ってもらって、この辺りの木を一気に切っていけば……」


 そんなことを話していると、イジェが立ち上がる。


「キリスギ、ダメ!」

「お、おう。そうは言ってもだな」


 いつも大人しいイジェが強い調子でいったので、冒険者はびっくりしている。

 他の冒険者たちも、驚いたようで、イジェの方をじっと見ていた。


「キがソダツまで、ジカンがカカル」

「それはそうだが……いっぱいあるし……」

「キリスギルとワルいコトがオコる」

「悪いことってなんだ?」

「カワがアバレル。ヤマでツナミがオコる」

「川の氾濫ってのはわかけど、いや、なぜ木を切ったら氾濫する理屈はわかんないけど……、山で津波は起こらないだろ?」


 若い冒険者がそう言うと、イジェは真面目な表情で首を振る。


「オコる。トウサンがイッテた」


 イジェは父親から色々教わったのだろう。

 恐らくイジェ自身は、伐採をしすぎたことによって起こった川の氾濫も山の津波も見たことがないに違いない。


「お前は若いから知らんだろうが、山津波はあるぞ。原因までは知らんが」

「ああ、ある。十年ぐらい前、依頼を出してくれた村が流されてな。後片付けを手伝ったことがある」

「あ、あるのか。先生、山津波ってなんだい?」


 若い冒険者は、朝ご飯をゆっくり食べていた地質学者に尋ねる。


「山津波か、そうだなぁ」

 

 地質学者は五十代の経験豊富なベテランの学者である。

 ここ最近は、毒赤苺ポイズンレッドベリーを食べて食中毒に苦しんでいた。

 一緒に毒赤苺を食べたヴィクトルたち、冒険者に比べて回復が遅れていたのだが、すっかり元気になったようで、何よりである。


「山が崩れて土砂と水がものすごい勢いで流れてくる災害だね。砦ぐらいなら流されるよ」

「恐ろしいことがあるんだなぁ」


 若い冒険者はその光景を想像したのか、深刻そうな表情になった。


「先生はみたことあるのかい?」

「あるよ。地質学者として、起こりそうなところを調べる依頼もあるからな。巻き込まれかけたこともある」

「で、先生、イジェの言う通り木を切って、山津波が起こることはあるのかい?」

「山津波に限らず、災害ってのは複合的な要因が重なり合って起こるもんだが、木の伐採も要因の一つだな。最近だと二年前に……」


 地質学者が旧大陸で最近起こった山津波について教えてくれる。

 木を切りすぎてはげ山になった場所から、山津波が起きて、村一つが流されたらしい。


「お、恐ろしいな」

「どのくらい木を切ったらだめなんだ?」

「まあ、今ぐらいなら大丈夫だよ。無駄に切らなければね」

「ああ、わかった。気を付ける」


 冒険者たちも木を伐採しすぎる危険性について理解したらしい。


「ハタケもイエもキをキラナイとツクレナイ。キをキラナイワケニはイカナイ。デモ、ヒツヨウイジョウにキッタラダメ」

「そうだな。イジェの言うとおりだよ。俺たちも気を付けるよ」

「ウン」


 朝ご飯を食べ終わり、後片付けを済ませると、みなそれぞれ仕事をしにいく。

 イジェとジゼラとヴィクトル、魔物学者のケリーと冒険者たち、それにボエボエと地質学者は畑の作業に向かった。

 冒険者たちは木の伐採も行うようだ。


『ひっぽりあす、てつだってくる!』


 ヒッポリアスがそういって、小さいまま走っていった。

 確かにヒッポリアスは大きな戦力となりうる。


「気を付けるんだぞ、ヒッポリアス」

「きゅお!」


 木の伐採、運搬でも、開墾でもヒッポリアスは大活躍できるだろう。

 ヒッポリアスは何かするとき、俺に見て欲しがった。

 だというのに、自分から俺を離れて仕事をしてくれるという。


「ヒッポリアスも大きくなったんだなぁ」


 とても感慨深い。

 フィオやシロ、子魔狼やボエボエなどの子供たちとのふれあいで成長したのかもしれない。

 帰ってきたら、めいっぱい甘やかせてあげよう。


 そして、俺は自分の仕事をきちんとしなければならない。


「さて、建物をつなぐ廊下を作るとするか」


 俺は拠点の中心。空き地になっている場所に行って、改めて建物を眺めた。


 俺とヒッポリアス、ピイ、フィオ、シロ、イジェと子魔狼たちの住む「ヒッポリアスの家」が一棟。

 冒険者たちと学者たちの住む「宿舎」が全部で五棟。

 食中毒事件で慌てて作った「病舎」と「トイレ」がそれぞれ一棟。

「浴場」が一棟。

「食堂兼キッチン」が一棟。

 昨日作った「ボアボアの家」が一棟。


 このうち「ボアボアの家」を除く十棟をつなげる廊下を建設したいのだ。

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