138 朝ご飯

 実際に顔を洗ってみて、つくづく思う。


「やっぱり、作っておいてよかったな」

 各戸に一つずつ洗面台を作ってあるので、みんなも有効に使ってくれていることだろう。


「きゅおきゅお!」

 顔を洗っていると、ヒッポリアスが走ってきて、俺の足に抱きついた。


「どうした? ヒッポリアス」

『ひっぽりあすもあらう!』

「いいぞ」


 俺は洗面台のヘリにヒッポリアスを乗せてやって、蛇口から水を出す。


 そうしてから、水を手で掬って、ヒッポリアスの顔を洗ってやろうとしたのだが、

「きゅおきゅお!」

 ヒッポリアスはシンクの中に飛び込んだ。


 そしてふんふんと鼻息を荒くしながら、自分の手に水を付けて顔をこする。

 だが、手に水を突けようとする度、頭のてっぺんから水を浴びて全身がびちゃびちゃになった。


「きゅうおきゅうお」


 全身が濡れることも気にせずに、ヒッポリアスは一生懸命に顔を洗っている。

 俺の真似がしたいのかもしれない。

 確かに全身がびちょびちょだが、顔は、いや顔も洗えているので問題ないだろう。


「きゅお!」

 顔を洗い終わったヒッポリアスがどや顔でこっちを見る。


「おお、ヒッポリアス、綺麗になったな。ちゃんと洗えて偉いな」


 俺は水を止めてから、自慢げなヒッポリアスを撫でてやった。

 すると、ピイが俺の腕を伝ってヒッポリアスのところまで降りて、綺麗に水を吸い取って乾かしてあげている。

 ちなみに、俺の顔も、ヒッポリアスをシンクに乗せたあたりでピイが綺麗に乾かしてくれていた。


「ピイ、ありがとうな。俺の顔とヒッポリアスを拭いてくれて」

『うまい』


 ピイは俺の身体を拭いたりする際に、同時に汚れを食べているらしい。

 有機物なら何でも食べるが、特に俺の身体から出るものが好きなようだ。

 少し複雑な気持ちになるが、ピイに拭いてもらうと、肌がつやつやになるのである。

 そのうえ、髪の毛を拭いてもらうと、髪もつやつや、さらさらになる。

 ピイに拭いてもらうことにはいいことしかないのだ。


「さて、食堂に行くか」


 俺はヒッポリアスを抱っこし、ピイを肩に乗せて、食堂へと向かう。

 フィオとシロ、ジゼラは子魔狼たちとボエボエを抱っこしたり口に咥えたりしてついてくる。


「シロ、俺が持つよ」

「がぅ」


 俺はシロが咥えていたクロを抱っこした。

 ちなみにフィオがルルを抱っこし、ジゼラがロロとボエボエを抱っこしている。


 食堂までの距離はあまり長くない。


「うーん、冬になったら雪も降るし、吹雪いているときとか、移動が大変だよな」

「さむい!」


 これまで魔狼たちと一緒に冬を過ごしてきたフィオが真剣な表情で言う。

 フィオは猪の皮にくるまって、魔狼と一緒に何とか冬を凌いできたのだ。

 この辺りの冬の寒さは身に染みているのだろう。


「フィオ、雪ってどのくらい降るんだ?」

「うーん! このぐらい!」


 そういって、フィオは自分の頭より上に手をやる。


「そんなにかー」

「おきたらつもてる!」


 どうやら、一晩でフィオの身長より降り積もることもあるらしい。


「やっぱり、廊下をつくって食堂と各戸をつなげたいなぁ」

「一つの大きな建物にしたいってこと?」

「そうそう。ずっと今みたいな気候ならいいんだけどね」

「さむい!」「がぁう!」


 フィオが二回も言うということは、やはり余程寒いのだろう。

 それに、シロも寒さを強調している。


 俺は五軒ある宿舎と病舎、お風呂と食堂をつなげる廊下の設計について考えた。


「きゅお!」『ごはんごはん!』


 一瞬足を止めただけだが、ヒッポリアスとクロがアピールしてくる。


「ご飯を食べてから考えような」

「きゅうお」


 そして、俺は食堂に入り、ヒッポリアスたちを椅子に置いて、イジェの作業を手伝った。

 ジゼラとシロに子守を任せて、フィオと一緒に皿を運んだり、ごみを処理したりした。


 料理が準備できたら、みんなで朝食だ。


 イジェの調理作業を手伝っていたケリーはボエボエの隣に座る。


「ボエボエ。これも食べるか?」

「ぼぅえー」


 そして、ボエボエに色々食べさせている。

 きっと、猪に似た新大陸のキマイラの生態を調べているのだろう。


 ケリーはとても優秀な魔獣学者だ。

 ジゼラとは古い友人で、若いのに博士号を取った才女なのだ。

 魔獣学者だけあって、魔獣の扱いがうまい。

 ボエボエも、ケリーに身体を撫でられて、とても幸せそうな表情を浮かべている。


「ボアボアと飛竜にも後で肉を持って行ってあげようかな」


 ボアボアと飛竜は身体が大きいので、食堂には入れないのだ。


「ぶい?」


 母親であるボアボアの名前が聞こえたからか、ボエボエがこっちを見て首を傾げた。

 舐めていたミルクが口からこぼれて、ケリーに拭いてもらっている。


「僕がこっちに来たときには、ボアボアも飛竜ももう朝ご飯食べてたよ?」


 昨夜、ボアボアの家に泊まったジゼラが教えてくれた。


「そうなのか? 魔猪か?」

「そう。飛竜は本当に狩りがうまいねぇ」

「まあ、速い上に、飛べるからな」


 狩られる魔猪たちにとってみれば、悪夢だろう。


「基本的にご飯は自分たちで好きに取るから気にするなって、飛竜とボアボアが言ってた」

「そっかー」

「むしろご飯に困ったら助けてやるよって」

「それはありがたい話ですねぇ」


 近くで聞いていたヴィクトルが言う。

 この調査団のリーダーであるヴィクトルは齢七十四歳の老ドワーフだ。

 七十四歳といってもドワーフなので、まだまだ寿命は長く、身体も頑強である。

 優秀な冒険者が沢山いる調査団だが、戦闘力を人間の中で比べれば、ヴィクトルはジゼラの次に強いだろう。


「とはいえ、ボアボアさんたちのお世話にならなくて済むように、冬の備えはしないといけませんね」


 ヴィクトルは元々生まれついての貴族なので、言葉が丁寧だ。

 ボアボアもさん付けで呼ぶ。

 皆に丁寧に接するが、一度戦闘ともなれば、鬼人の如き働きをする。

「竜殺し」の称号を持ち、「血風」の二つ名を持つヴィクトルを舐める冒険者はいない。


「そうだ、ヴィクトル。冬の準備についてなんだが、廊下を作ろうと思って」

「廊下ですか? それは良いですね」


 ヴィクトルは笑顔で賛成してくれた。

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