125 猪の解体

 ピイが頑張ってくれたおかげで、あっというまに血抜きが終わる。


「ありがとう。ピイ」

「ぴっぴい!」

「飛竜、もう少し持っていてくれ」

「がう」


 飛竜に吊されたままの猪の皮も綺麗に剥ぐ。


「これはあとで鞣して使おう。服にも敷物にも使えるからな」

「そういえば、気候学者もイジェも、この辺りの冬は寒さが厳しいと言っていたね」

「ああ、まだ温かい間に冬の備えはしておかないとな」


 冒険者たちも学者たちも防寒具は持ってきてはいる。

 だが、持ってこれる荷物には限りがあるので、最低限だ。


「猪を狩る度に、みなが皮を剥いでくれているとはいえ、多分足りないよな」


 ケリーも真剣な表情で考えている。


「この辺りに綿のような物が採れたら、テオさんのスキルでなんとかなりそうだが」

「野生の綿がないか、イジェに聞いてみるか」

「それがいい」

「……そもそもイジェたちは、どのように冬を凌いでいたのだろうか」

「イジェには自前の毛皮がある分、我らより寒さには強いんじゃないか?」

「……それはそうだな」


 もしかしたら、今は夏毛で、冬に近づくともっとモフモフになるのかも知れない。


「いいなあ、テオさんは」

「なにがだ?」

「イジェと一緒に暮らしているから、抱きついて寝たら、冬も暖かいだろう?」

「そういう意味か。イジェに抱きついて寝るかはともかく、シロたちがいるからな。モフモフには困らないな」

「……本当にうらやましいよ」


 猪の皮を剥ぐ作業中の俺の足元にヒッポリアスがまとわりつく。


「きゅお!」


 ヒッポリアスも寝るときに抱っこして欲しいらしい。


「ヒッポリアスも暖かいよな。冬は一緒に寝ような」

「きゅおきゅお!」


 嬉しそうに尻尾を振るヒッポリアスをケリーが抱き上げる。


「ヒッポリアスは、寒さにはどのくらい強いんだ? テオさんはどう思う?」

「きゅうお!『つめたいのへいき!』」

「ヒッポリアス自身は、寒さには強いと言っているな」

「ふむ。確かに脂肪は分厚そうだが……」

「ケリー。ヒッポリアスには毛がないだろう? やっぱり毛がない動物って寒さに弱いんじゃないか?」

「そういう動物が多いね。でもヒッポリアスは海にいただろう?」


 俺たちとヒッポリアスが出会ったのは航海の途中だった。


「極地近くの、氷の浮かぶ海にも鯨はいるからな」

「それもそうか。……いや、海水は凍っても表面だけだろう? 陸の寒いところより暖かいんじゃないか?」

「もちろんそうだが……。ヒッポリアスは竜だからな。魔力を熱に変換できるだろうし……」

「ふむ、魔力が毛皮の替わりになるかもということか」

「その可能性は高いよ。他の竜をはじめとした魔物の傾向から考えてね」

「そうか。ふーむ」

「あと、魔物に限らず生物は寒い地域の方が大きくなる傾向があるんだが……」

「つまり、大きい方が寒さには強いと言うことだな」

「そうだ。理由は体重と比しての表面積の違いなど色々あるのだが……」

「……小さいヒッポリアスは寒さに弱いかも知れないな」

「きゅお?」


 俺の足元では、その小さなヒッポリアスがこちらを見上げている。


「大きなヒッポリアス用の防寒具をつくるのは材料が大量に必要になるから大変だが……」

「きゅぅ?」

「小さなヒッポリアスの服なら作れそうだな」

「きゅっきゅお!」


 ヒッポリアスは嬉しそうに尻尾を振っている。


「まあ、期待しないで待っていてくれ」

『わかった!』


 期待しないでと言ったのに、ヒッポリアスは期待に目を輝かせていた。

 冬までにはちゃんと服を作ってあげないと悲しみそうだ。

 忘れないようにしようと思う。


 そんなことを話している間に、皮剥が終わる。


「皮は後でなめすから、魔法の鞄に入れておこう」


 俺が、剥いだばかりの猪の毛皮を畳もうとしたとき、ピイがその上に飛び乗った。

「ぴい!」

「ん? どうした?」

『だにとる?』

「ああ、そうか。お願いできるか?」

「ぴっぴい」


 猪の毛皮には、通常ダニやノミが大量にいるものだ。

 ピイは毛皮の上に平べったく広がっている。

 そうやって、ダニやノミを逃がさないようにして全て食べているのだ。


「ピイ。あとで私たちも頼むぞ」


 ケリーが自分の服に付いたダニを潰しながら、そんなことを言う。

 宿主だった猪が死んだことで、ダニやノミが逃げ出している。

 そして、近くにいた俺たちの方に取つきにきているのだ。


『わかった』

「ピイが、わかったって言っているぞ」

「そうか。助かるよ」

「ダニよけのお香を焚きたいところだが、ボアボアたちの巣だからな……」


 ボアボアたちにとっても、虫よけのお香は非常に臭いと思われるからだ。

 俺の使っている臭い虫よけのお香の臭いは、とどまりにくい。

 とはいえ、この洞穴では空気が流れてはいるが、ゆっくりだ。

 空気が消えるまで数日かかる可能性もある。


「ダニ対策は、ピイに頼るしかないかも」

「ぴっぴっぴい」


 ピイは嬉しそうに鳴いてぴょんと跳ぶ。

 地面の上にはダニやノミだけでなく、いろんな汚れのとれた綺麗な猪の毛皮が残されていた。

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