120 ジゼラのお話4
そんなジゼラの手にヒッポリアスがじゃれつく。
まるで、力比べをしようと言っているようだ。
それを感じ取ったのか、ジゼラは
「うりうり~。ぼくはヒッポリアスよりもつよいぞ~」
「きゅおきゅお!」
ヒッポリアスはジゼラの右腕に甘噛みをする。
そして、ジゼラは右腕でヒッポリアスをころころ器用に転がしていた。
「ヒッポリアス。ジゼラはお腹が痛いから、遊ぶのは後でな」
「きゅお?」
ヒッポリアスは「こいつ腹痛くなさそうだけど?」と言いたげだ。
「元気に見えるだけだよ。毒赤苺を大量に食べたらしいからな」
「きゅおぅ……」
「ん? 薬飲んだからもうお腹痛くないよ? 熱もないし」
「…………本当にどういう身体をしているんだ。学者として興味があるぞ」
「えへへ」
「照れるな。別に褒めてない」
そして、ケリーはフィオとイジェに、ゆっくりと言い聞かせる。
「いいか? このジゼラは特別な訓練を受けているんだ」
「とくべつなくんれん?」
「スゴイ」
「だから、これ美味しいよと言われても、知らないものならばけして口にしてはいけない。三日三晩苦しむことになる」
「こわい」
「キをツケル」
フィオとイジェはうんうんと頷く。
「ケリーもひどい目にあったのか?」
「も、ってことは、テオさんもか?」
「いや、俺には鑑定スキルがあるからな。ひっかかったのは賢者の奴だ」
俺は知らないものを食べる前には必ず鑑定スキルをかけることにしている。
勇者パーティーに入る前に身につけた習慣というか癖のようなものだ。
だが、ジゼラは試しに口に入れるという赤ん坊のような癖がある。
それで今回の毒赤苺のようにジゼラがお腹を壊すこともあった。
それは、まだましだ。
みんなから「いい加減にしろ。犬でももう少し考えるぞ」とか言われるだけだからだ。
だが、たまに毒を食べてもお腹を壊さないときもある。
それが厄介なのだ。
ジゼラに「これ美味しいよ」と言われて口にして、お腹を壊す仲間がたまに居る。
ケリーもそれに引っかかったのだろう。
「三日三晩、上からも下からもいろんなものが出続けて、三日ですごく痩せたよ」
「……それは辛かったな」
「ああ」
ケリーは遠い目をしている。
「あれで反省して、ぼくはもう人には勧めてないよ?」
「まあ、三日三晩、ジゼラは寝ずに看病してくれたからな」
ジゼラとケリーはそんなことを言って和んでいる。
悪いだけの思い出というわけでもないようだ。
そんなジゼラにヴィクトルが言う。
「ジゼラさん。ところで、その魔熊モドキを倒した後のことを聞かせて頂いても?」
話が脱線しすぎたので、ヴィクトルが戻してくれたのだ。
「そうだった。剣で真っ二つにして、その魔熊モドキとやらを殺したんだけど……ボアボアはもう魔熊モドキにやられたあとだったんだ」
おそらくボアボアは自分の子供と病人のジゼラを守るために戦ったのだろう。
そして、重傷を負ったのだ。
傷を負って叫んだのは、危険を知らせて、ジゼラたちを逃がそうとしたに違いない。
「ボアボアは角を腹に刺されていたな」
「うん。そう。沢山血が出ていたから、慌てて傷薬ポーションをかけて、担いで巣に連れて行ったんだけど、血が止まらなくて」
「血液凝固を阻害する毒だからな。傷薬ポーションでは血は止まらないんだ」
「解毒ポーションも傷薬ポーションも全部使ったんだけど……」
「解毒ポーションは毒ごとに作らないとダメだからな」
持っている解毒ポーションが効くとは限らないのだ。
だから、俺も勇者パーティーの荷物持ちをしていたときは、解毒ポーションはほとんど所持していなかった。
その代わりに材料を持っておき、その場で作り出して使っていたのだ。
「それでも、なんとか俺がたどり着くまでボアボアが死なずにすんだのは、ポーションのおかげだろう」
「ボアボアは特に強い魔物だから。そのおかげだと思う。ぼくは特に何も出来てないよ」
「まあ、ボアボアの強さもあるだろう。だがジゼラの処置がなかったら死んでたと思うよ」
「そっか、それならよかったよ」
ジゼラは嬉しそうに微笑む。
「それからは、看病しながら洞穴の中で?」
「うん。そうだよ」
「昨夜、大けがをしたと言ったが、それはいつ頃だ? 夜の始めか真夜中か未明か、どのあたりだ?」
「ボアボアは真夜中に洞穴を出て、未明に悲鳴が聞こえたよ、魔熊モドキを倒したとき、東の空が赤かったからね」
「なるほどな。畑でぬたうったのは、やはりボアボアだったのかもな」
狩りをしている途中で、ぬたうつのにちょうどいい畑を見つけて、ぬたうったのかも知れない。
「どういうこと?」
「ああ、それはだな」
俺は畑が荒らされた事件について、ジゼラに説明した。
「ボアボアなら、やめてくれって言えば、ぬたうたないだろうし、種植えをしてもいいかもな」
「タネウエ! タノシミ」
「そうですね。今日はもう遅いので、明日は朝からやりましょうか。イジェさん、どう思いますか?」
「ウン! ソレガイイ」
イジェは嬉しそうにヴィクトルに返事をした。
豆の種植え作業は明日から再開出来そうだった。
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