117 ジゼラのお話

 俺は少し不思議に思った。

 ジゼラが愚痴ったぐらいで、リリアは手を貸すだろうか。


 いつもなら「まあまあ」となだめるのがリリアである。


「ジゼラ。どうして、リリアが手伝ってくれたのかわかるか?」

「ぼくが仕事嫌だって言ったからだと思うけど」

「ふむ。他に何か言ってなかったか?」

「うーん、うーん。あ、そうだ。なんかちょうどいいって言っていたような」

「ちょうどいい?」

「なんか、動きがあるって。いろいろな運動? みたいなのをしている人たちの中には、ぼくに手伝って欲しい人たちが沢山いるみたいなんだよね」


 ジゼラはよくわかっていなさそうだ。

 だが、俺とヴィクトルは、事情がわかって互いに目を見た。


「そういうことか」

「それは面倒なことでしたね。こちらに来て正解でしたよ」

「そっかー」


 ジゼラは脳天気に笑顔を浮かべている。

 恐らく、お人好しのジゼラを担ぎ上げようとする何らかの動きがあったのだろう。

 政治運動の旗印として、国民から人気の高いジゼラは非常に有用だ。


 その動きには国も気付いていなかったのかもしれない。

 だが、賢者とも言われるリリアはそれに気付いた。


 ジゼラを動かすと同時に国の上層部に裏で話を付けて、国の中枢からジゼラを遠ざけたのだろう。


 ヴィクトルも、うんうんと頷いていた。


「そうでしたか。いままでジゼラさんは頑張っていましたからね。もう好きにしていいと思いますよ」

「さすが、ヴィクトルのおっちゃん! 話がわかるね!」

「ジゼラがきたら、私の研究もはかどりそうだな」


 確かにケリーの言うとおりだ。

 単体での戦闘力が異常に高いジゼラがいるなら、新大陸内部への調査がはかどりそうだ。

 地質学者や気候学者も喜びそうである


「うん、任せて! 手伝うよ!」


 ジゼラは、嬉しそうに身体を起こして、元気に言った。

 それを見て俺は心配になった。


「ジゼラ、興奮しすぎだ。毒赤苺を食べたんだろう? 安静にしろ」

「さっき薬を飲んだから大丈夫だよ?」

「そんなわけあるか。大人しく寝ておけ」

「わかった」


 大人しくジゼラは横になる。


「さて、旧大陸でのジゼラの状況についてはわかった」

「わかったなら良かったよ」


 そんなジゼラの横に小さくなったヒッポリアスが寄り添った。

 毒赤苺の食中毒で、辛いはずのジゼラの身体を温めてやろうとしているのかも知れない。

 ヒッポリアスは心優しい幼竜なのだ。


「ヒッポリアスは小さくなれるんだね。すごい竜だね。子供なのにほんとうにすごいよ」

「きゅおきゅお」


 ジゼラはヒッポリアスを抱っこして撫でまくる。

 ヒッポリアスも嬉しそうにジゼラに鼻を押しつけていた。

 懐き方が尋常ではない。


 そんなジゼラとヒッポリアスを見ていて、俺はふと疑問に思った。

 どうして、ジゼラはヒッポリアスを竜だと思ったのだろうか。

 ヒッポリアスはぱっと見ではカバにしか見えないのだ。


「…………ジゼラ。なぜヒッポリアスが竜だとわかった?」

「なんとなく?」


 ジゼラはなぜそんなことを聞くのだと言いたげだ。

 これまで、ヒッポリアスを竜だと気づけたのは魔獣学者であるケリーだけだったのだ。


「昔、ケリーに竜の見分け方とか教えてもらったのか?」

「私は教えていないぞ」

「うん、教えてもらってないよ」

「正確に言うと、教えようとしたことはあるが、興味がなさそうだったからやめたんだ」


 ケリーがそういうと、心外そうにジゼラは頬を膨らませた。


「興味がないわけじゃないよ。倒し方以外、すぐに忘れちゃうだけだよ」

「倒し方以外に興味がないんじゃないか?」

「テオさんまで! そんなことないよ?」


 そんなジゼラにヴィクトルは笑顔で言う。


「ジゼラさん。さすがの洞察力です。お見事です」

「えへへ」


 ヴィクトルに褒められて、ジゼラは照れていた。


「そういえば、ジゼラさん。どうやって新大陸に来たんですか?」

「飛竜に乗ってきたんだよ」

「飛竜にですか?」


 ヴィクトルは驚く。

 テイムスキルを持たないジゼラが飛竜に乗ってくるのは難しいのだ。


「ほら、テオの友達の飛竜に頼んだら、いいよって」

「ジゼラは、テイムスキルもないのに、よく意思の疎通が出来るな」

「できてないよ? でもお願いしたら通じたんだ」


 そしてジゼラは詳しく教えてくれる。

 クビになって自由になったジゼラは、魔族の大陸に向かった。


「元々は、テオたちと同じ港町から船で行こうと思ったんだけど、途中で飛竜にあったんだ」

「……あの飛竜が住んでいる場所は通らないはずだがな」

「道に迷ったから」


 俺たちが出港したのは、カリアリという漁村だ。

 そこと飛竜の住処は九十度違う方向に、一週間ぐらい歩いた距離だ。

 ちょっと迷った程度では、飛竜には会わないのだ。


「まあ、とにかく迷って、飛竜に出会って、テオに会いに新大陸に行くって言ったら乗せてやるって」

「そうか、運がいいな」

「テオさん。テイムスキルがなくても、そのようなことが出来るんですか?」

 ヴィクトルの疑問はもっともだ。


「普通はできないな」

「ですよね。勇者の力でしょうか」

「というより、あの飛竜は年を経た賢い竜だから人語を理解できているんだろうな」

「なるほど。でも飛竜の言いたいことをジゼラさんはなぜわかるのですか?」

「勘? だとおもうよ。ぼくはなんとなくわかるときがある」


 ジゼラは何でもないことのようにそういうが、普通はあり得ないことである。


「魔物学者としては、本当にうらやましい能力だな」

「……まあ。勇者だからな」

「そうですね。勇者ですもんね」



 人類の枠から外れた規格外な存在が勇者である。

 あまり深く考えても仕方のないことなのかも知れない。


「さて、ジゼラ。どうやって新大陸に来たのかはわかった。次はボアボアと仲良くなった経緯を教えてくれ」

「ボアボア?」


 ヴィクトルが首をかしげる。


「ああ、大きな猪だよ。恐らく昨晩うちの畑を荒らしたやつだと思う」

「なるほど」


 俺は拠点を出てから、ジゼラと出会うまでの過程をヴィクトルとケリーに教えた。

 それをヴィクトルとケリーは真面目な表情で聞いていた。


 その間に、ジゼラはイジェとフィオに興味を持ったらしく、抱き寄せて頭を撫でていた。


「なんで、大きな猪の親子と仲良くなったのか、その経緯を教えてくれないか?」

「いや、テオさん。それは違うよ?」

「なにがだ?」

「ボアボアは猪じゃなくて、キマイラだよ?」


 大真面目にジゼラはそう言った。

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