116 ジゼラの事情

 俺に背負われた状態のジゼラは、興奮気味に言う。


「ヒッポリアスはすごく速いんだね」

「きゅお!」

 ヒッポリアスも嬉しそうだ。


 ヒッポリアスが頑張ってくれたおかげで、さほど時間をかけずに拠点に戻ることができた。

 俺がヒッポリアスに乗ったまま拠点に入ると、みんなが集まってくる。

 だが、ケリーとイジェ、それにフィオ、シロと子魔狼は居なかった。

 きっとどこかの家の中にいるのだろう。


「テオさん、なにかわかり、……あれ? ジゼラさん?」


 ヴィクトルがジゼラに気付いて、驚いている。

 旧大陸に居るはずの勇者がいれば驚くだろう。


「ひさしぶり、ヴィクトルのおっちゃん」


 ジゼラが笑顔で挨拶している。


「え? ジゼラだって?」

「あ、本当にジゼラさんだ。どうしたんですか?」


 冒険者たちが集まってくる。

 ジゼラは勇者なので、冒険者なら知らないものは居ないのだ。


「とりあえず、詳しい話はあとだ。ジゼラは治療が必要だから病舎に運ぶ」


 俺はジゼラを背負ったまま、ヒッポリアスの背中から降りる。

 俺が降りると同時に、ヒッポリアスは小さくなった。


「怪我は……なさそうですが、ご病気ですか?」


 ヴィクトルは素早く観察して、怪我がないことを見抜いたのだ。


「……毒赤苺だ」

「…………ああ」


 先日まで毒赤苺で苦しんでいたヴィクトルは、心の底から同情したようだ。

 ジゼラを見る目が優しい。


 他の冒険者たちも、ヴィクトルの苦しみを知っているので一様に同情している。

 ヴィクトルと同様に毒赤苺で苦しんだ冒険者たちは特にそうだ。


「もう薬は飲ませた。だが、しばらくは寝かせた方がいいからな」

「そうですね。治癒術士を呼んで来ましょう」

「頼む」


 俺はジゼラを背負ったまま病舎へと向かおうとしたら、

「えー。ぼくはテオと一緒がいいな」

「トイレの近い病舎の方がいいぞ」

「……えー」


 ジゼラは不満げだ。

 病気になって心細いという気持ちはわからなくはない。


「仕方ないな。わかった」


 俺はジゼラをヒッポリアスの家に連れて行った。


「わふ! おかえり」

「オカエリナサイ」


 フィオとイジェに迎えられた。

 そして、シロと子魔狼たちはケリーと一緒に眠っていた。

 ケリーも疲れていたのだろう。


「ただいま」

「きゅお」「ぴい」


 俺はジゼラを毛布の上に寝かせる。


「そのひとだれ?」

「俺の古い仲間だ」

「よろしく、ぼくはジゼラだよ」

「よろしく」

「ヨロシクオネガイシマス」


 挨拶をしていると、ヒッポリアスの家に治癒術士とヴィクトルがやってきた。


「毒赤苺を食べたとか?」

「たべちゃった」

「その割には元気ですね」

「さっきテオの薬を飲んだからね」

「そうでしたか。いや、そうだとしても元気すぎると思いますが」


 そんなことを言いながら、治癒術士は診察を済ませる。


「薬を飲んで寝てれば治るでしょう」


 そう言って、治癒術士は去って行った。

 入れ替わるようにケリーが目を覚ます。


「む? …………ジゼラか」

「あ、ケリー。こっち来てたんだね」


 ケリーは子魔狼たちとシロたちを優しく撫でるとこっちに来た。


「ケリー、知り合いだったのか?」

「学生の頃。ジゼラの討伐した魔物の調査に加わったことがあってな。そのときに出会ったんだ」

「懐かしいな。楽しかったね」

「楽しいというよりも、本当に恐ろしい体験だった」


 数年前、珍しい魔物が討伐されたということで、学生だったケリーが向かったのだという。

 その魔物を討伐したのがジゼラだったのだ。

 だが討伐された魔物は、最初の一頭に過ぎなかった。

 学者達が到着した後、数十頭の群れが襲いかかってきたのだ。


「本当に死ぬかと思った。ジゼラがいなかったら死んでいた」

「でも、いい研究が出来たんでしょう?」

「そうだな。そのときに書いた『群体化した魔物の形態変化と集合意識』で博士号を貰ったからな」


 なにやら難しい研究をしていたらしい。

 そして、ジゼラとケリーは年齢が近いこともあり、仲が良くなったのだという。


「ジゼラには研究を沢山手伝ってもらったんだよ」

「ぼくも身体動かすいい機会だったからね!」


 偉い学者先生の研究のためと言って、辺境へ行って魔物討伐をするのがジゼラの息抜きだったのだろう。

 だが、ここ一、二年は大陸全体が平和になった。

 新種の魔物が見つかることもほとんどなくなった。

 だから、ケリーは新大陸の調査事業に参加することにしたのだ


 その辺りは俺と同じだ。


「で、ジゼラは、どうしてここに?」


 ケリーが尋ねると、ヴィクトルも頷く。


「ジゼラさん。それは私も気になっていました。一体どうしてここに来られたのですか?」

「話せば長くなるんだけど」

「はい。長くても聞きますよ」

「仕事がいやになったから、テオさんを追いかけてきた」

「……さほど長い話ではないですね」

「へへへ」


 なぜかジゼラは照れていた。

 それを聞いて、ケリーはため息をついている。


「ジゼラ。みんなに迷惑かけてないか?」

「大丈夫だよ、テオさん。出発前に迷惑がかからないようにしたから」

「ふむ? どうやったんだ?」

「えっと、ぼくは仕事が本当に嫌になってリリアのやつに相談したんだけどね」


 リリアとは勇者パーティーの魔導師である。

 ものすごく強い上に、頭もいい。


「リリアはなんて?」

「えっと、陳情書っていうのを作ってくれたんだ」

「ふむ? 陳情書か。ジゼルの待遇改善でも求めたのかね?」

「いや、リリアはぼくの待遇については何も書いてなかったとおもう」


 それでなぜ、迷惑をかけずに新大陸に来られるようになったのか、よくわからない。


「ジゼラさん。具体的には何が書かれていたんですか?」

「病人が多すぎるとか、街が臭いとか?」

「医療福祉と下水道の整備を求めたのか」

「そうそう。そんなことが沢山書いてあった。ぼくは国王に会う機会もあるから直接手渡したら大騒ぎになって」

「……そりゃなるだろうな」


 勇者が国王に直訴などしたら、それは大事おおごとだ。


「リリアが、改善されないなら、僕は仕事しないと書いてくれてたんだ」

「ストライキか」

「そしたら、いろいろな仕事を全部クビになった」

「なるほどな。そういう事情か」


 勇者の仕事は名誉職ばかりだ。

 多大なる功績があって若くて綺麗な女性であるジゼラは、国民にも大きな人気がある。

 国にとって都合の良いお飾りである。

 大人しくしている限り、箔を付けるのに最適なのだ。

 時期を見計らって、それなりの貴族か王族に嫁がせて、さらに利用しようとしていたに違いない。


「まあ、国の方も驚いたんだろうな」

「そだね、みんなびっくりしてた! 面白かったよ」


 いままで従順に、大人しく仕事をしていたジゼラが、突然問題意識を持ったのだ。

 このまま放置していたら、国民を味方に付けて大きな社会運動になりかねない。

 だからほとんど追放に近い状態で仕事と役職を取り上げたのだろう。


「子供だったジゼラも大人になって、知恵を付けたと思われたのかもな」

「テオの言うとおりジゼラは知恵を付けたのかも知れない。いや、ぼくは昔から賢かった気がする」

「そうか。そんなことはないがな」

「ぷう」


 ジゼラは不満げに頬を膨らませる。

 魔王を討伐したとき、ジゼラはまだ十四歳の子供だった。

 だが、十年経った今となっては二十四歳。

 分別のある大人になってもおかしくない年齢だ。


「リリアは本当に頭がいいよ。あっというまに自由の身だからね!」


 そういって、ジゼラは嬉しそうに微笑んだ。

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