113 洞穴の中にいた者

 俺たちはゆっくりと自然な程度に静かに、気配は隠しすぎないようにして歩いて行く。

 洞穴の中にいるものたちを、驚かさずに接近を報せるためだ。



 俺たちは洞穴の入り口の前に立つ。

 中は暗く、上に向かって傾斜が付いている。

 それに加えて、途中で右に曲がっていた。

 中にいるものたちの姿を見ることは出来ない。


 俺が中に向かって呼びかけようとしたそのとき、洞穴の中から何かが飛び出してきた。

 俺は咄嗟に身を躱す。

 今までいたところを、金色の生き物が通過した。

 かわすのが遅れたら、大けがしていただろう。


 ――ボォ


 そいつの突進速度があまりにも速すぎて、強めの風が吹く。


「ぶぼおおおおおお!」


 そして、そいつは威嚇するかのように大きな声で咆哮した。


「まあ、落ち着け。お前と、いやお前たちと敵対する気は無い」


 そいつは体長〇・五メトルほど。

 速かったが、とても小さい。

 そして、体毛が金色っぽい猪だった。


 小さいが、ただの猪ではなく、魔獣の猪、魔猪である。

 そして、旧大陸で俺が知っている魔猪とは種族が違うようだった。


 どう見てもまだ子供。

 猪というより、うりぼうと言った方がいいかもしれない。


「ぼぼぼおおおお」


 小さい身体を懸命に大きく見せようとしながら、吠えている。

 中にいる何かを守ろうとしているのだろう。


「どうみても、キマイラ……じゃないよな」

「ぶぼぼぼぼ」


 ケリーにも間違いはある。

 いや、そもそもケリーは確定は出来ないと何度も言っていた。

 間違いとも言えない。

 この猪の体毛は、旧大陸のキマイラに似た特徴を持っていると言うことなのだ。

 きっと、この新種の存在に、ケリーは大喜びするだろう。


 だが、今はとにかく興奮している猪を落ち着かせなければならない。


「俺は、お前たちに危害を加えない」

「ぶぼぼぼぼ」

「俺は、お前たちの敵ではない。危害を加えたりもしない」


 何度も落ち着いた口調で言い聞かせるように語りかける。

 テイムの第一段階、対話の状態だ。


 スキルの強制力も使っているからか、魔猪は逃げもせず暴れもしない。

 ただ警戒して、こちらを睨み付けて威嚇している。


 ここは焦ってはいけないのだ。

 ゆっくり時間をかけて落ち着かせるしかない。


「俺は――」

「がああうがうがうがうがう!」


 俺がテイム第一段階を猪にかけていると、洞穴の中から先ほどの飛竜が飛び出てきた。

 そして、俺に甘えて頭をこすりつける。


「久しぶりだな、元気にしていたか?」

「がぁう!」


 元気だよと飛竜は言っている。


 この飛竜は十二年ぐらい前に知り合った。

 魔王を倒す二年前のことだ。


 この飛竜はテイムの第二段階の関係だ。

 つまり対価を与えて、協力して貰ったのである。

 毒沼に囲まれた砦に向かうときに、その背に乗せて貰ったのだ。

 第三段階、つまり従魔とはしていないので、名前を付けてはいない。


「こんなところで、なにをしているんだ?」

「がう」

「一緒に来た? 誰とだ?」

「がうがうがぁう?」


 飛竜の説明は要領を得なかった。

 従魔化していないので、飛竜の意志は人の言語となって俺に伝わるわけではない。


「がうがう!」

「とにかく来てか。わかった見ればわかるんだな」

「がう!」


 飛竜が俺の服を咥えて、洞穴の中に連れて行こうとする。

 どうやら見てほしいものがあるらしい。


 だが、猪はその前に立ち塞がる。

「ぶぼぼぼぼ」

 俺を洞穴の中に入れたくはないらしい。


「があう」「ぶぶぼ」「があがが」


 飛竜が猪を説得することで、俺は中には入れることになった。


「ぶぼぼぼぼ」

「わかった。ヒッポリアスはここで待っていてくれ」


 猪は完全に俺を信用しているわけではない。

 だから、明らかに強いヒッポリアスは中に入れるわけにはいかないと主張してきたのだ。


『ひっぽりあすもついてく!』

「大丈夫だから安心しなさい」

「きゅお……」

「少しだけ、待っていてくれ」

『……わかった。きをつけて』

「うん。ありがとうな」


 そして、俺はヒッポリアスを待たせて、ピイと一緒に洞穴の中に入っていく。

 飛竜が先導してくれて、俺の後ろから猪の子供が油断なく睨みながら付いてくる。


 暗い洞穴の中をしばらく進むと、大きな猪が横たわっているのが見えた。

 体長十メトルはありそうだ。

 暗いのでよく見えないが、どうやら怪我をしているようだ。


 そして、その横には人間が一人、横たわっていた。

 こっちも暗いので顔は見えない。


「明かりを付けてもいいか?」

「がう」


 飛竜が良いというので、魔法の鞄から明かりを取りだして点灯させる。

 明かりは昔から持っている周囲を照らす魔道具である。


「え? なぜここにいるんだ?」

「……あ、テオさん。えへへ。やっとあえた」


 それは、一緒に魔王を倒した勇者パーティーの仲間にしてリーダー。

 勇者本人だった。

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