112 キマイラの痕跡を追おう

 俺とヒッポリアスは、追跡能力が予想外に高かったピイの後ろをついて行く。


『こっち』

「ありがとうなピイ」

「ぴっぴい」


 ピイはぴょんと跳んで、少し平べったくなってプルプルする。

 そして、またぴょんと跳ぶのだ。

 平べったくなってプルプルしたときに、色々と痕跡を探ってくれているのだろう。

 ヒッポリアスも一生懸命ふんふんと鼻で臭いを嗅いで追跡に貢献しようとしてくれている。


「ぴっ!」


 ピイは鳴きながら、ぴょんぴょんと移動していく。

 キマイラの痕跡を探りながらなので、その歩みは遅い。


 移動の途中、ヒッポリアスが言う。


『ておどーるみてみて』

「どうした、ヒッポリアス」

『けはいけした!』


 そういってヒッポリアスは鼻息荒くしている。

 俺が先ほど教えたことを、早速実践しているようだ。

 だが、全く気配は消えていない。


「おお、凄いな、ヒッポリアス」

「きゅお」

「でも、まだ消えていないかな」

「きゅぅお……」

「まあ、そう簡単にできることじゃないからね。俺も何年かかかった」

『ておどーるも?』

「そうだぞ」


 俺は十歳で冒険者パーティーの荷物持ちになった。

 そして、気配を消せるようになったのは十三歳ぐらいのときだっただろうか。

 それまではパーティーが魔物と戦っている間、息を潜めて震えていたのものだ。


 生き伸びるために必死に覚えた俺でも三年かかった。


「だから、ヒッポリアスがすぐに出来なくても仕方ないことだよ」

『そっかー』


 それから俺たちは静かにピイについて行く。


『みてみて、けはいけせた』

「うん。まだ消えてないかな」

『そっかー』


 そんな会話を数分ごとにしながら、歩いて行く。


 出発してから、三時間ほど経って、大分拠点から離れた。

 イジェの村や魔熊モドキの巣とは別の方向に進んでいる。


『あ、おいしいくさだ!』


 そういって、たまにヒッポリアスは草を食べている。


「それにしても木が凄いな」


 俺たちが歩いているのは、木々がうっそうと生い茂っている森の中だ。


『ちかい!』


 ピイが突然そう言ってぴょんと跳ねる。


「……そうなのか? まだ気配はないが」

『あっち!』


 ピイは球体の身体を、器用に変形して、一部を尖らせる。

 その尖った方向を見ると、崖が見えた。

 そして、その崖には穴が開いて、洞穴となっていた。


「あの洞穴のなか?」

『たぶん!』


 ピイは自信があるようだった。


「ふむ。洞穴の入り口が大きいな」


 体長十メトルのキマイラでも中に入れそうなぐらいに大きい。


「よし、ヒッポリアス、ピイ。静かに進むぞ」

『わかった』

「ぴい!」


 ピイは即座に気配を消した。


「……すごいな」

「きゅお~」


 ヒッポリアスも気配を消そうとはしているが、難しそうだ。


「ヒッポリアス。なるべく音を立てないようにするだけでいいよ」

『わかった!』


 そして、俺たちは慎重にゆっくりと進む。

 ピイは気配消えたうえで、音も立てない。

 だが、ヒッポリアスは大きいので音を立てないというのは難しい。

 それでも、ヒッポリアスなりに頑張って静かに進んでいる。


『ひっぽりあす、ちいさくなる?』

「それもありだが……戦闘になったときのことを考えるとな」

『そっかー』

「もし、やばそうなら、俺はすぐにピイを抱えてヒッポリアスの背に飛び乗るからな」

『わかった。ひっぽりあす、はしる』

「頼りにしているよ」


 そんなことを小声で話しながらゆっくり進む。

 ピイは静かに進みつつ、痕跡のチェックもしてくれている。

 多才で器用なスライムである。



 洞穴の入り口まで、あと三十メトルの距離まで近づいたとき、ピイがぶるぶるした。


『ちがうやつのあとがある!』

「違うやつ? キマイラ以外の?」

『そう。きまいらよりつよい! たたかったみたい』

「ここでキマイラと戦った奴がいるのか」

『ちがいっぱいでてる!』


 キマイラが大量の血を流すほどの相手。

 よほどの強敵かも知れない。


 そのとき、俺は何かの気配に気がついた。

「みんな止まって」

「…………」「……」


 ヒッポリアスとピイは無言で止まった。

 全員で森の中、草の中に身を伏せる。

 身体の大きなヒッポリアスも、目立たないように懸命に身体を丸めていた。


 どんどん強力な魔物の気配が近づいてくる。

 魔物の気配は上から、つまり空から感じる。


(あれは……飛竜だな)


 羽の生えた空を飛べるドラゴンのことを飛竜と呼ぶ。

 非常に強力な魔物だが、キマイラではない。

 その飛竜は口に大きな猪を咥えていた。

 飛竜は洞穴の前に着陸すると、中に入っていく。


『てき? こうげきする?』

「その必要はないぞ」

『わかった』


 敵を殲滅するならば、洞穴の外から中に向かってヒッポリアスの魔法を打ち込むが一番早いかも知れない。

 だが、その必要はないと俺は思った。


 あの飛竜は、旧大陸で出会った、俺の知り合いである。


「ヒッポリアス。ピイ。気配は隠さなくていいぞ」

『どして?』

「ぴい?」

「あの飛竜は俺の知り合いなんだ。話し合いが可能だ」

『わかった』

『まかせる』


 途端にヒッポリアスとピイの緊張が少しほどけた。


「問題は、飛竜とは別に、知り合いではないキマイラが居るかもしれないことなんだよな」

『どする?』

「ヒッポリアス、警戒はしておいてくれ」

『わかった』

「ピイ、キマイラの痕跡は洞窟に続いているのか?」

『つづいてる』

「わかった。ピイ、俺の肩に乗っておいてくれ」

『わかった!』


 痕跡の追跡は無事に終わった。

 だから、いざというとき、逃げやすいようピイには肩に乗って貰うことにしたのだ。

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