109 キマイラ

 一方、冒険者たちは、フィオたちとは異なり、深刻そうな表情で話し合っている。

 そんな冒険者たちに向けて、ケリーが言った。


「まだ断定は出来ない段階ではある。学者としては、これだけではわからないと言うべきなのだが……」

「いえ、助かりますよ。我らに必要なのは対策するための予測ですから」


 そう、ヴィクトルは笑顔で返事をした。

 さすがに熟練の冒険者だけあって、ヴィクトルは余裕があるようだ。

 

 学術的に確定情報を出すとなると大変だ。時間もかかる。

 それこそ何日もかけて追加調査して、何十日かけて精査しなければならない。

 この開拓地ではそれでは遅いのだ。

 未確定の段階から、予測を述べてくれると、俺たちはすごく助かるのだ。


 俺はイジェに尋ねる。


「イジェ。その特別な大きな猪ってキマイラなのか?」

「キマイラ、ミタコトナイ。ドンナノ?」

「こちらの大陸のキマイラがどういうものなのかは知らないんだが……」

「テオサンたちのタイリクのキマイラは?」

「頭がライオンで、胴体はヤギ、尻尾は毒蛇の大きな魔物だ」

「……コワイ」

「そうだよな、怖いよな」

「ウン。ソンナコワイのミタコトもナイ」

「そうか」


 イジェのいう大きな特別な猪とは、全く別物と考えた方がいいだろう。

 確かに副蹄のある二つの蹄というのが、猪っぽいが、それはヤギも同じ。

 そして、キマイラの胴体はヤギなのだ。


 凶暴なキマイラへの対策を考えなければなるまい。

 そうなると、対策の中心はヴィクトルになる。

 俺はヴィクトルに尋ねた。


「キマイラか……どうする? ヴィクトル」

「正面からは戦いたくはない相手ですよね」

「たしかにな」

『ひっぽりあす、がんばる!』

「ありがとうな、ヒッポリアス。頼りにしているよ」

「きゅお!」


 この拠点の最高戦力はヒッポリアスだ。

 ヒッポリアスを軸に、キマイラ対策を考えるべきだろう。


「新大陸のキマイラが、俺たちの知っているキマイラとどのくらい違うのかわからないから対策を立てにくいな」

「ヴィクトルさんとテオさんは、キマイラと戦ったことはあるのかい?」

「私はありますよ。ソロで戦ったことはありませんが」

「俺もある。とはいえ俺は荷物持ちだからな。直接戦ったというわけじゃない」


 俺は勇者パーティーの荷物持ち。

 戦闘外のサポートと雑用がメインの仕事だった。


「テオさん、キマイラをテイムすることって出来ないのかい」

「うーん。キマイラは難しいだろうな」

「そういうものなのか。テオさんでも難しいのかい?」

「そうだな。簡単に説明すると、テイムスキルには三つの段階があるんだ」


 第一段階「意思の疎通」

 第二段階「対等な協力関係」

 最終段階「従魔化」の三つである。


「ちなみにヒッポリアスにクロ、ロロ、ルル、ピイは最終段階の従魔化だ」

「しろはふぃおのじゅうま!」


 フィオがシロの頭を撫でて胸を張る。

 シロも誇らしげに行儀良くお座りして、尻尾を振っていた。


「そうだな。魔狼を従魔にするのはとても難しいんだが、フィオは天才だからな」

「えへへ」


 それを聞いていた冒険者が首をかしげる。


「ヒッポリアスって、すごく強いだろう?」

「きゅお?」


 自分のことを会話に出されて、ヒッポリアスは反応する。

 冒険者のことを見ながら、尻尾をゆっくり揺らしていた。


「ものすごく強いヒッポリアスをテイム出来ているのにキマイラは難しいのか?」

「……もしかして、ヒッポリアスより――」

「きゅぅうお!『ひっぽりあすのほうがつよい!』」


 心外だとばかりにヒッポリアスがアピールしている。


「そうだな。ヒッポリアスの方が強いと俺も思うよ」

「きゅぅお」


 ヒッポリアスは満足げに鳴きながら、俺に身体をこすりつける。

 俺はそんなヒッポリアスの頭を撫でた。


「それに関してはテイムのしやすさについて説明する必要があるんだが」


 冒険者たちとケリーは真面目な顔で俺の話を聞いている。

 イジェも興味があるようで、黙って聞いていた。


「みんな知っているとおり、強い奴の方が基本的に難しい。テイムのときに持って行かれる魔力も基本的に強さに比例する」

「ふんふん」


 フィオが俺の目の前に来て真剣な表情で話を聞き始める。

 天性のテイマーとして、テイムの話は興味があるのかもしれない。

 こんど詳しい話をしてやりたいと思った。


「こっちの方が強いと思わせられれば、魔物も話を聞いてみるかという気になりやすいからな」


 魔物はこちらと相対したとき、本能的に判断する。

 こいつらになら簡単に勝てると思われたら交渉する価値なしと思われる可能性が高い。

 だが、戦ったら苦戦しそうだとか、もしかしたら死ぬかもと思わせられたら、交渉に乗ってくれやすい。

 死ぬ可能性が高いとか、絶対に勝てないと思わせられたら、話し合いはスムーズに進むことが多いのだ。


「とはいえ、テイムのしやすさには強さ以外にも性格がとても大事なんだ」

「……性格か。負けず嫌いかどうかとか?」

「いや、それよりも知能の高さや好戦性、人に対する敵意の高さなどが重要な要素だな」


 ケリーがうんうんと頷いた。


「そういえば、ミミズの魔物は弱いのにテイムが難しいのだったな!」

「そのとおり。ミミズは知能が低いから、第一段階目の意思の疎通がそもそも無理だ」


 こちらの話している言葉の意味を理解できる知能が最低限なければ、話し合いにも入れない。

 それでも、ミミズは弱いので、強制力を働かせることは可能ではある。

 だが、魔力を使うので、あまりやりたくはない。


「キマイラは知能が高いから意思の疎通は出来るだろう。だが性格が好戦的すぎるんだ」


 意思の疎通が出来ても、わかり合えるとは限らない。

 それは、人族同士でも言葉が通じてもわかり合えるとは限らないのと同じである。


「以前、キマイラにテイムの第一段階を試みたときは『うるさい死ね』としか返事はしてこなかった」

「交換条件を出してもか? キマイラの好物とかなら知っているが……」


 ケリーは博識なので、すごく頼りになる。

 魔物の好物を知っていれば、交渉を有利に進められることは多い。


「普通の魔物なら、好物を提示したら、交渉できたりするんだが……キマイラはなぁ」

「だめか」

「ああ、性格が凶暴、好戦的すぎるだけでなく、人に対する敵意が高すぎるんだ」

「それはその個体が人間に親を殺されたとかじゃなくて?」

「今まで十頭ぐらいにテイムを試みたが、みんな『うるさい、死ね』的な返事だったな」

「そうか。だめか」


 大人しく聞いていたヴィクトルが、

「キマイラは戦闘を前提に考えた方が良さそうですね」

 というと冒険者たちは頷いた。

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