108 畑を荒らしたものの正体

 ケリーはこちらを見ず、しゃがんで足跡を調べ続けている。


「ケリー。それは、ただの猪ではなく魔猪まちょってことか?」

「いや、魔猪でもない」

「じゃあ、なんだと思うんだ?」

「確証はない。ないが……」


 ケリーは掘られた穴に手を伸ばす。


「ほら。これを見てくれ。これはどう見ても猪の体毛ではないだろう?」

「私には見ただけではわかりませんが、テオさんならわかるのでは?」

「たしかに、鑑定スキルで毛皮の種類や品質を調べることはできるからな」


 生きている生物の、生えている毛に鑑定スキルを使うことは出来ない。

 だが、殺されて剥がれた毛皮には鑑定スキルを使うことは出来る。

 同様に、抜けたり切り取られて、しばらくたった毛にも鑑定スキルを使うことが出来るのだ。


 そんなことを説明すると、ケリーが首をかしげる。


「鑑定スキルは、生物をどのように生物と非生物分類しているんだ?」

「俺にもわからん。言ってしまえば神がどう判断するか、だからな」

「神が?」

「そう。例えば、魔熊モドキは俺には生物に見えたが、鑑定スキルをかけることができたからな」


 フィオとシロたちの群れを壊滅させ、イジェの村を滅ぼした魔熊モドキ。

 そいつのことを、フィオたちは魔熊と呼び、イジェは悪魔と呼んでいた。


「神がどういう基準で判断しているのかは、俺にはわからない」

「魔物だから鑑定スキルをかけることができたとかなんじゃ?」


 冒険者の一人がそんなことを言う。

 スキルの詳細は、冒険者でも知らない者が多いのだ。

 だから、俺は丁寧に説明する。


「それが出来るのはまた別のスキルだ。俺の鑑定スキルは生きている魔物にはかけられないんだ」


 ヒッポリアスやシロ、子魔狼たちにも鑑定スキルはかけられない。


「へー、そうなのか」

「まあ、そうなんだよ」


 そんなことを話しながら、俺はケリーからその体毛を受け取った。


「金色だな。色は猪っぽくはない」

「ああ、そうだ。私は一つ心当たりがあるが、先入観を与えないように言わないでおく」

「わかった。あまり先入観は鑑定スキルには影響しないが……」


 鑑定スキルを発動させる。

 その体毛の情報が頭の中に入ってくる。


「……何だこれは?」

「鑑定スキルでもわからないか?」

「わからん。魔獣ということはわかる。だが、俺の知らない種族だな」


 体毛に鑑定スキルをかけただけでわかるのは、その体毛の性質だけ。

 その性質から、何の生物か判断するのである。

 だから、その生物のことを知らなければ、体毛を鑑定してもわからない。


「そうか、似ているものはないか?」

「……あえていえばヤギに近いかな? だが、俺の知っているヤギとは違うがな」


 とはいえ、新大陸のヤギの体毛はこういうものである可能性はある。

 新大陸の生物は、旧大陸の生物とは性質が違う場合もあるからだ。


「ほう。流石テオだな。それがわかるとは」

「え? ほんとにヤギなのか?」

「ヤギではない。だが、間違いともいえない。と、私は思う」

「…………まさか」

「気付いたか?」


 ケリーはにやりと笑う。本当に楽しそうだ。


「ケリーさん。つまりどういうことでしょう?」

「ああ、すまない。もったいぶってしまたな。この毛の正体はキマイラだろう」

「それは、また……」


 ヴィクトルが顔をしかめる。

 冒険者たちも深刻な表情で息をのんだ。


「キマイラだって?」

「……まじかよ」

「でも、ヒッポリアスの匂いがしているのに、お構いなしで近寄ってくるってのもキマイラなら納得だ」

「……それは、たしかにそうだが」


 冒険者たちが、深刻になる理由もわかるというもの。


 キマイラとは、ライオンの頭にヤギの胴体、毒蛇の尻尾を持つ強力な魔物だ。

 生命力が身体能力も強力なだけでなく、魔力も高い。

 多様な魔法を使い、口からは火炎を吐く。

 竜種にも匹敵する強大な魔物だ。

 そして、一般的に竜種より凶暴で好戦的だ。


 俺が考えながら、キマイラのものらしき毛を持っていると、ヒッポリアスとシロがやってきた。

「きゅお!」「わふ!」

「どうした、ヒッポリアス、シロ。キマイラの毛の匂いを嗅ぎたいのか?」

『かぐ!』「わふわふ!」

「ほれ」


 俺は手に持ったまま、ヒッポリアスの鼻の前に毛を持っていく。

 シロも一緒に匂いを嗅ぐ。

 フィオまでやってきて、一緒に匂いを嗅いでいる。

 ヒッポリアスとシロは鼻がいいから、色々わかるだろうが、フィオは人間。

 嗅いでもなにもわからないだろう。

 だが、シロたちと一緒に育ったから、とにかく嗅いでみるのが習慣になっているに違いない。


「なにかわかったか?」

『ひっぽりあすのほうがつよい!』

「そうか。ヒッポリアスは凄いな」

「わふぅ!」


 シロはこれはヤギの毛だと思うと言っている。


「そうか、俺もヤギの毛に似ていると思うよ」


 俺がそう言うと、シロは嬉しそうに尻尾を振った。


「ふぃおも! にてるとおもう!」

「そうか。フィオも鼻がいいんだな」

「うん!」


 強いヒッポリアスだけでなく、フィオもシロもキマイラに怯えてはいないようだった。

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