107 荒らされた畑

 俺はいつものように顔をベロベロなめられて目を覚ます。

 目を開けても視界が暗い。


「……朝か」

『あそぼ』「わふ」『ごはん』


 クロは完全に俺の目を覆うように乗っている。

 柔らかいお腹が鼻に当たっていた。

 そして、俺の頬が濡れる。


「……クロ……ちびったのか?」

「わふわふわふ!」


 クロは尻尾を振っているらしく、俺の顔の上でもぞもぞ動いている。

 本当に仕方がない。クロである。


 ロロは胸の上に乗って、ペロペロと口当たりを舐めていた。

 そして、ルルは頭の上の方にいて、俺の髪をはむはむしているようだ。


「まあ、落ち着きなさい」


 俺はクロをどかして、身体を起こす。

 子魔狼たちをひとまとめに並べて、頭を撫でる。


「……ヒッポリアスは?」

「ゅぅぉ……」


 ヒッポリアスは少し離れたところで、お腹を上にして眠っていた。

 そんなヒッポリアスをフィオが撫でている。


 そして、シロとピイは互いにじゃれ合って遊んでいた。



 それからヒッポリアスを起こして、一緒に朝ご飯を食べに行く。

 イジェが中心になって、みんなの朝ご飯をつくり、俺は子魔狼たちのご飯を用意する。


 みんなで和やかにご飯を食べて、後片付けをすませると、昨日に続いての農作業だ。


 拠点を出る前に、俺はイジェに確認する。


「イジェ。種はこれでいいのか?」

「ウン。ソレでダイジョウブ。アリガト」


 これから植えるのは豆。

 豆の種子は、豆そのものである。

 その植えるための豆は、イジェの村から、俺の魔法の鞄に入れて持ってきているのだ。


 そして、みんなで農具を持って、昨日ヒッポリアスが耕した畑へと向かう。

 ヒッポリアスも大きくなって、ご機嫌に歩いて行く。

 子魔狼たちは俺とフィオが抱っこして連れて行った。


「イジェ。種植え前に何か作業はあるのか?」

「ナイ。キノウ、ハタケをチャントツクレタから」


 そういって、イジェは「ヒッポリアスのオカゲ」と言って大きなヒッポリアスを撫でる。


「きゅおきゅお!」


 そんな感じでご機嫌に向かう。

 畑にはヴィクトルと冒険者たち、そしてケリーが、先に到着していた。

 なぜかヴィクトルたちは畑を見て、険しい顔をしている。


「どうした、ヴィクトル。何かあったのか?」

「あ、テオさん、イジェさん。見てください」

「む?」

「アッ……」


 昨日綺麗に耕した畑は、荒らされていた。

 畑には穴が掘られて、ボコボコになっている。


「あなだらけ! ぼこぼこ!」

「わふ!」


 フィオとシロも驚いている。


「ケリー。これってなんだと思う? 動物か? 魔獣か?」

「…………うーん。ちょっと待ってくれ」


 ケリーが真剣な表情で考えながら穴を調べている。

 新大陸だと新種の可能性も考慮しなければならないので、即断が難しいのだろう。


「イジェはわかるか?」

「……ウーン。……タブン、イノシシ?」

「猪か」

「ウン。イノシシ。デモ、スゴクオオキイ、イノシシかも」


 猪はヒッポリアスが結構狩ってきてくれている。

 俺たちがいつも食べている肉は猪が多い。


「ヒッポリアスとシロの匂いがするはずなのにな」

「ウン。フシギ」


 ヒッポリアスとシロの匂いは他の魔獣や獣にとっては恐怖を覚えさせるものだ。

 近寄ってこないのが普通である。


「イジェさんは、どのくらい大きな猪だとおもわれますか?」

 そう尋ねたのはヴィクトルだ。


「ココをミテ」

「はい。これは、足跡ですか?」

「ウン。ヒヅメのアト」


 イジェの示した場所には、二つ細長い蹄の跡が残されていた。


「フクテイもアルシ、タブンイノシシ」


 鹿の足跡も二つの細長い跡が残る。

 だが、猪は鹿と違い細長い蹄の後ろに副蹄ふくていの跡が残るのだ。


「イジェ。だがこの蹄のあとって、〇・五メトルぐらいあるぞ?」

「キット、スゴク、オオキイイノシシだとオモウ」


 普通の猪の蹄跡は〇・〇五から〇・一メトルちょっとぐらいだ。

 それを考えると、とても大きい。


 ヒッポリアスが獲ってきてくれた猪は体長三メトル程度。

 恐らく、この蹄だと体長八メトル、いや十メトル以上は優にありそうだ。

 ここまで大きいとなると、ただの猪ではなく魔獣の猪、魔猪まちょだろう。


「イジェさん。大きな猪は、この辺りには沢山居るのですか?」

「イジェはコンナにオオキイのはキイタコトもミタコトもナイ」

「なるほど。イジェさんも知らないということは、遠くから流れてきた巨大猪なのかもしれませんね」


 ヴィクトルは真剣な表情だ。

 魔獣の猪を狩るとなったら、人間側で中心となるのはヴィクトルだ。

 だから、どうやって戦うかということも考えているのだろう。


「デモ、オオキなイノシシなら、タマにカシコくて、オンコウなヤツがいる。ソノイノシシならハナシアイがデキルとオモウ」

「ふむ?」

「カシコイから。ヤメテとイッタラヤメテクレルかも?」

「俺たちの知っている猪とは違うな」


 ヒッポリアスが狩って来た猪は、あまり知能レベルに違いがあるようには思えなかった。


「オオキナやつダケ、カシコい。コノアシアトはオオキイから、モシカシタラ……」


 イジェの言う通りなら、特別な大きな猪とは話し合いができる可能性もある。

 だが、その特別な猪だと期待するのは早計だ。


 とりあえず、普通の猪として対策を考えて、実際に出会ってから考えよう。

 そうすることにした。


「ここまで大きいとなると、昨日作るつもりだった木の柵程度じゃ意味がなさそうだな」

「確かに」


 木の柵では普通の鹿や猪しか防げない。


「種を植える前で良かったとは思いますが……」

「そうだな。今日植えても、また暴れられたら台無しだな」


 巨大猪をどうにかするまで、種植えは出来ない。


「……それにしても、猪は穴を掘ってなにをしたかったんだ?」


 俺が疑問を口にすると、イジェもヴィクトルも考え込む。


「うーん。お腹が減っていると言うわけでもなさそうですし」

「まだなにも植えてないしな」


 種である豆を植えたあとなら、豆好きな猪が暴れたという可能性はある。

 だが、今はまだなにも植えていない。


「それにこの辺りは食料も豊富だし、お腹いっぱい食べられるはずだ」

「きゅお」


 ヒッポリアスも俺の意見に同意してくれる。

 先日、ヒッポリアスと一緒に山菜を集めなどをしたが、食べられる食物は多かった。


「イノシシはドロがスキ。ヌタウツ」

「ああ、ここでぬたうちしたのか」

「タブン」


 猪は泥あびをする。それをぬたうちというのだ。

 そして、ぬたうちする場所をぬた場という


「タガヤサレタハタケがチョウドヨカッタノカモ」

「……畑をヌタ場にされたらたまらないよな」


 俺たちが今後について相談していると、

「…………これは猪の足跡じゃないぞ」

 ケリーが真剣な様子でそう言った。

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