103 犂とイジェの村の謎

 すきを作ると言っても、お手本が既にある。

 イジェの村から持ってきた犂は、非常によくできていた。

 部品の接合部や、つなげられている角度などもとても良く考えられている。


「イジェの村は、料理だけでなく技術力も高かったんだな」

「ソカナ?」

「そうだとおもうぞ。金属の質もいい」

「エヘヘ」


 イジェは嬉しそうに照れている。


「犂に使っている金属は……、村で精錬していたのか?」


 犂には鋼が使われていた。

 それもかなり質の高い鋼だ。

 旧大陸で同じ水準の鋼を用意しようと思えば、かなり高額になるだろう。


 そして、これほどの高水準の鋼は、旧大陸では農具には使われない。

 武具、それも高級な武具に使われる品質だ。


「ノウグは、ムラのオジサンがヒトリでツクッテタ」

「そうなのか」


 鍛冶師もいたようだ。

 いや、俺と同じような製作スキル持ちがいたのかもしれない。


「ふうむ」


 イジェの父の形見にして宝物である短刀は、オリハルコンとミスリルの合金だった。

 それに関しては、誰がいつ、どうやって作ったのかは、イジェにもわからないと聞いている。

 だが、鋼の精錬技術はあったらしい。


 イジェたちには文字がない。

 だが、技術は非常に高度だ。少人数の村にあり得ないほどの技術水準である。


 口伝で技術を伝えていたのだろうか。

 そうだとしても、スキルは天性の物だ。

 製作スキル持ちが、生まれるとは限らない。

 少人数の村なら特にそうだ。


「イジェたちって、昔からこの辺りに住んでいたのか?」

「ワカンナイ」

「そうか」


 文字がないならば、自分たちがいつどこからきたのかなども伝わりにくい。

 俺たち旧大陸の人間も、村の由来などを知りたいときは文字記録を読むのだ。


「オトナにナッタラオシエテクレルって、トウサンはイッテタ」

「……そうか。変なことを聞いて悪かったな」

「イヤ。キニシナイ。ナンデモキイテ。トウサンもムラのミンナも。タシカにイタノ」

「そうだな」

「ソレをシッテイルのはイジェだけ。ダカラハナシタイ」

「……そうか」


 知っているのは、覚えているのは、自分だけ。

 だから、話すことで、その記憶を確かにしたいのかもしれない。


 そんなイジェに、近くで話を黙って聞いていたケリーが近づく。


「イジェ。少しいいか?」

「ナニ?」

「話すのが嫌ではないのなら、あとで村のことを聞かせてほしい」

「ウン。ワカッタ。デモ。ナンデ?」

「私は学者だ。専門は生物全般だが、人もまた生物なんだ」

「シッテル」

「そして、人は極めて社会的な生物で、社会っていうのは、まあ村の仕組みとか風習とか、そういう、まあなんというか、そう言うものも含まれるってことなんだが……」


 ケリーは何とか説明しようと四苦八苦している。


「……ウン?」


 だが、案の定イジェには伝わらなかったようだ。


「ああ、まあ、その、なんというか、そういうことも調べるのも、広い意味では仕事のうちってことなんだ」

「ヨク、ワカンナイけど、ワカッタ」

「うん、わかんなくてもいいよ。お礼に私たちの知っている文字というものを教えよう」

「モジって、アノ、イミあるキゴウ? っポイヤツダヨネ。オシエテモラッテイイノ?」

「いいぞ」


 そういって、ケリーはイジェの頭を撫でながら、俺の近くにいたフィオを見る。


「フィオも文字を知りたかったら教えるぞ?」

「しりたい!」

「じゃあ、一緒に勉強しような」

「わふぅ」


 ケリーはうんうんと頷いていた。


「ケリー悪いな。ありがとう」

「いや、なに。気にするな。仕事のついでだ。それに私は家庭教師をやっていたこともあるから、教えるのは得意なんだ」

「そうなのか。まあ、その年で賢者の学院で博士号をとるぐらいだからな」


 子女の家庭教師として雇いたい金持ちは少なくはないだろう。


「そんなことより、テオは犂を作るんじゃなかったのか?」

「そうだった」


 俺は魔法の鞄から金属を取り出す。

 洗面台と異なり、今回は鉄に混ぜるのは微量の炭である。


「まあ、鋼も今後使うかもだから、多めに作っておこう」


 鋼は武具防具、道具類、沢山の使い道がある。


 俺が鋼のインゴットを作っていく様子を、ケリーは興味深そうに見つめていた。


「鋼とか良く作れるな。それを言ったら、家とかもそうなんだが。鋼の微細な構造とかまで把握しているのか?」

「そりゃ、多少はな」


 俺は勇者パーティーの何でも屋だったのだ。

 毎日のように、武具防具の修繕を行なっていたのだ。

 家を作ったり、木材を鑑定するより、金属を鑑定して金属で何かを作った回数の方がはるかに多い。


 技術向上のために、優秀な鍛冶師の精錬した鋼を手に入れて、何度も何度も鑑定スキルをかけたものだ。

 勇者の持つ聖剣や、戦士の持つ魔法の剣、賢者の杖に、各種防具。

 勇者パーティーの装備は超一流のものだ。

 それでも、武具である以上壊れうる。聖剣でもそうなのだ。

 放置したら少しずつ治っていくらしいが、連戦の途中で回復を待っているわけにはいかない。

 だから、神代から伝わるらしい伝説級の武具防具に、一日に何回も鑑定をかけたのだ。

 鑑定スキルをかけた回数は、恐らく万を軽く超えている。

 だから、金属は、俺の得意分野なのだ。


「……冒険の合間に、数か月優秀な鍛冶師のところで下働きしたことがあるからな。目とスキルで盗んだ」


 どうやって鋼が精錬されていくのか知っていれば、製作スキルで再現しやすくなる。

 実際に家を建てるところを見ておけば、製作スキルで家を建てるのが簡単になる。それと同じだ。


「そういうものか、まるで職人の徒弟だな」

「まさに、そういうものだ。まあ修業期間を大幅に短縮できることが、スキルの便利なところだ」


 犂に使うための金属はあっさりと完成する。

 金属を作れば、後は木材を形作って、金属と組み合わせていく。

 それで犂は完成である。

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