94 寒さに強いヒッポリアス

 食事が終わると、俺はフィオと一緒に、イジェの後片付けを手伝う。

 俺の後ろでは、ヒッポリアスと子魔狼がわちゃわちゃ遊んでいた。

 それをシロが見守っている。


 小さくなってから、ヒッポリアスは前よりも子供っぽくなった気がする。



 子供たちのことはシロに任せて、俺は皿を洗っていく。

 その作業をしながら、イジェに尋ねた。


「イジェ。なにか必要なものとかあるか?」

「ヒツヨウなモノ?」

「なんでもいいぞ。作れるかどうかはわからないがな」


 これがあったら暮らしやすいというものがあれば、用意してあげたい。


「ウーン」

 イジェは真剣な表情で考え込む。


「うーん。ひつよなもの……」

 イジェの隣で作業していたフィオも一緒に考え込んでいる。


 イジェとフィオの尻尾が同期しているかのようにゆっくりと揺れる。

 その揺れる尻尾にヒッポリアスと子魔狼たちがじゃれついていた。


「フィオも必要なものがあるのか?」

「うーむ……。ふく!」

「服か」


 実は服を製作スキルで作るのは難しい。

 服だけではなく靴も難しい。

 作れないことはないが、職人が作った物の方が、着心地、履き心地が良いのだ。

 よほど気合いを入れれば、それなりのものならば作れると思う。


 だが、フィオが今着ている服はケリーが与えたかなり良い服だ。

 同水準の服を作るのは、すごく難しいかも知れない。


「そう! ふく! ふゆさむい!」


 フィオの尻尾の揺れが勢いよくなった。

 それにじゃれつくヒッポリアスと子魔狼たちのテンションも上がっていく。


「あー、たしかにな。この辺りの冬は寒さが厳しいらしいし」


 ケリーの与えた服は上等だが、防寒能力には不安が残る。

 そう思ったのだが、

「うん! ひっぽつるつる!」

 そういって、フィオは自分の尻尾にじゃれつくヒッポリアスを抱きかかえて優しく撫でる。


「つるつる!」

「きゅおー?」


 どうやら、フィオは毛のないヒッポリアスのことを心配していたらしい。


「そうか、ヒッポリアスにも服を作ってやるべきかも知れないな」

「きゅぅ?」


 小さくなったヒッポリアスの服ならば作りやすい。

 だが、本来の大きさのヒッポリアスにちょうどいい服は材料的に困難だ。


「うーむ。大きいヒッポリアスのための服となると材料集めも大変かも知れないな」


 そんなことを話していると、近くで作業していたケリーがやってくる。


「大きい方が寒さに強いからな。小さい時の服を優先してもいいかもしれないぞ」

「そうなのか?」

「近縁種ならば、一般的に寒い地域にいる動物の方が大きくなる傾向がある」

「……そう言われたらそうかも知れないな」


 熱い地方で戦った魔熊や魔狼より、寒い地方で戦った魔熊や魔狼の方が身体が大きく強かった。


「そうなる理由は諸説あるのだが……。身体が大きくなるほど、体重あたりの体表面積が小さくなるんだ」

「ふむ?」

「生み出す熱量は体重に比例するし、放熱量は体表面積に比例する。だから身体が大きい方が寒さには強い……という説がある」

「なるほどなー」

「だが、尻尾がなぁ。大きいんだよなぁ」


 そう言って、ケリーはヒッポリアスの尻尾に触れる。

 ヒッポリアスの尻尾は太くて長い。


「きゅお?」

「耳とか尻尾とかが小さい方が放熱量が小さくなるから寒さには強くなるんだがなぁ」

「そういえば、熱い地域の河に生息するカバの尻尾は短いよな」

「うむ。暑い地域にも尻尾の短い奴もいる。まあ、ヒッポリアスはカバではなく海カバだが」


 ケリーはそういいながら、尻尾を撫でたり耳を撫でたりしている。

 以前はケリーに尻尾を調べられることを嫌がっていたヒッポリアスだが、今は大人しい。

 フィオに抱っこされたまま、ケリーになすがままいじられていた。


「テオ。ヒッポリアスの生態は気になるが、とりあえず、小さいヒッポリアスの服を冬までに作ればいいだろうさ」

「そうか。それなら出来るな」

「ヒッポリアスは海に住んでいた。気候学者によると、あの辺りは寒流だから海水温が夏でも冷たいんだ。そうだろ?」


 ケリーが少し離れた場所にいる、気候学者に声をかける。


「そうですね。ケリー博士のおっしゃるとおりです」


 気候学者は二十代の若手の学者だ。とても優秀らしい。

 いいところのお坊ちゃんという噂である。

 気候学者はいつも敬語でしゃべる。

 生まれついての貴族であるヴィクトルといい、育ちの良い者たちは言葉遣いが丁寧な者なのかも知れない。


 俺を含めた庶民の冒険者連中とはやはり違うのだ。


「ですから、ヒッポリアスさんも、きっと寒さに強いと思いますよ」

「きゅお!」


 ヒッポリアスは褒められたと思ったのか、こちらをどや顔で見て、尻尾を揺らしている。


「凄いなヒッポリアスは」


 とりあえず、ヒッポリアスのことは褒めて撫でておく。


「寒流ってことは、この辺りの海は夏でも冷たいのか?」


 そう尋ねたのは近くに居た若い冒険者だ。


「そうですね。真夏でも泳いで遊ぶのは短時間にすべきでしょう」

「……そうか」


 その冒険者はがっかりしている。

 海で泳ぐのが好きだったのかも知れない。


 そして、俺たちがヒッポリアスの服と寒流について話している間、イジェはうんうんと考えていた。


「イジェ。何か必要なもの、思いついたか」

「エット……。チョウミリョウ、ホカンデキルバショ、ホシイ」


 イジェはもじもじしながらそう言った。

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