91 イジェの料理

 食堂に移動すると決まると、すぐにピイは俺の右肩の上に登る。

 ピイは寝ているときは服の中、起きている間は肩の上に登るのが好きらしい。

 そしてヒッポリアスは前足を俺の左肩にかけてしがみつく。

 そうしながら、耳元できゅおきゅおいうのだ。


 そんなヒッポリアスとピイを撫でながら食堂へと歩いていく。


「そういえば、集めたキノコや山菜、魔法の鞄に入れたままだな」

『きのこたべたい』

「ヒッポリアスはキノコが好きなのか?」

『すき!』


 そんなことを話しながら、食堂兼調理場の建物に入ると調理の真っ最中だった。

 しかも、調理場ではイジェが中心になって、冒険者たちに指示している。

 そして、イジェは風呂に入る前とは違う服に変わっていた。

 見慣れない服だが、縫製などは、しっかりしているように見える。


 着替えているので、風呂に入らずに調理場に来たわけではないことがわかった。


「コレ、カワムク」

「わかった。まかせろ」

「コレはミズにシバラクツケル」

「わかった!」

「ソッチはナベのヒをユルメル」

「これだな」

「ソウ」


 使っている食材はいつもの肉に魚。

 それに先日採集し、今朝食べてまずいと評判になった山菜たちだ。


 俺がその様子を見て驚いていると、

「てお!」

 手伝いをしていたフィオが駆け寄ってきたので頭を撫でた。


「お風呂から出たあと、ヒッポリアスの家に戻らずに夜ご飯を作っていたのか?」

「そ! ふぃおもてつだう」

「そうか、手伝いできて偉いな」


 クロたちは調理場ではなく、食堂の方にいた。

 クロたちの世話はシロとケリーがやってくれているようだ。


 俺は忙しく働いているイジェに声をかけた。


「イジェ。キノコ類を俺が持っているが、必要か?」


 キノコは保管する場所がないので、調理する直前に出した方がいい。

 そう考えて、状態保存の効果のある魔法の鞄に入れたままにしておいたのだ。


「キョウはダイジョウブ」


 充分食材は足りているようだ。


「手伝えることはあるか?」

「ダイジョブ」

「ああ、テオさんは休んでいてくれ。人手は足りてるからな」


 冒険者たちもそう言ってくれる。

 だから俺は食堂のケリーとシロたちのところに向かった。


 クロたちが甘えてくるので優しく撫でながら、ケリーに尋ねる。


「ケリー。イジェの服は、ケリーが用意してくれたのか?」

「あれは元々イジェの物だ」

「そうだったのか」

「ああ。村から持ってきたらしい」


 イジェは大きめの荷物を村から持ち出していた。

 その中に入っていたのだろう。


「ということは、あれはイジェの一族が作った服と言うことか」

「そうだな。布や糸づくりから、全てイジェの一族のお手製らしい」

「それは凄いな」


 どうやら、イジェたち一族の技術力は相当に高いようだ。


 ケリーは、調理場で忙しそうに動くイジェを見ながら言う。

「驚かされたよ。正直、布の品質も縫製の技術も相当なものだ」


 イジェの服に使われている布の品質は旧大陸でもそう見かけない。

 具体的にいえば、旧大陸では貴族向けの衣服に使われているレベルのものだ。


「調味料もイジェの一族が自分の手で作ったものだからな。それを考えると……」


 調味料に関しては、俺たちの知らない物ばかりだった。

 大豆をふんだんに使った調味料製作の技術があるようだ。


「ああ。テオさんの言うとおりだ。イジェたちの技術力全般はかなり高い」

「イジェには農具も貰ったんだが、それもかなりの技術だった」


 イジェたちの村で使われていた農具の品質も尋常ではない。

 旧大陸にはイジェたちの農具ほど高い技術水準の農具は存在しないぐらいだ。

 農具ではなく、貴族向けの武具や装飾品に使われるほどの技術だ。


「本当に凄い。しかもイジェたちには文字がないらしい」

「口伝だけでこれだけの技術を継承してきたのか?」

「そうなるな」

「……もしかしたら、我らとは頭の出来と手先の器用さなどが違うのかも」


 そうケリーは真剣な表情でつぶやいた。


「何らかのスキルを持っている可能性もあるが……」

「ふむ。テオさんの言うとおりだ。可能性は高い」


 俺とケリーがイジェの技術力の高さに驚いている間に、調理があらかた終わったようだ。


 食事を運ぶのを手伝いに、調理場に向かうと、

「コレ、ビョウニンヨウ」

 イジェはヴィクトルたちのための食事も用意してくれていたようだ。


 病人食は薄味で、消化に良いように、じっくりと煮られたスープだった。

 いつもの病人食よりも、とてもおいしそうな匂いが漂ってくる。

 調味料のおかげかもしれない。


 ヴィクトルたち病人のもとには俺が運んでいくことにした。

 調理を手伝わなかったので、そのぐらいはさせてもらうべきだ。


「ヴィクトルたちも喜ぶだろうな。すぐに運ぼう」

「ウン。ハコブ」


 俺はイジェと一緒に病舎へと向かう。


 イジェは休んでいていいと言ったのだが、どうしてもと言われてしまった。

 どうやら、イジェは自分の料理がヴィクトルたちの口に合ったか確かめたいようだ。


 俺はイジェと一緒に病舎に入って、病人たちへと配膳していく。

 ヴィクトルが出された食事を見て言う。


「おや? いつもと雰囲気が違いますね」

「さすが、ヴィクトル。よく気が付いたな」

「ええ。どこか上品な感じがします」


 そんなことを言いながら、食べ始める。


「どうだ?」

「……これは美味しい」


 ヴィクトルは驚いている。

 病気の冒険者たちも口に入れて、目を見開いた。


「……うまい」

「ああ。こんなに美味い飯を食ったのは久しぶりだ」

「俺はこんなに美味い飯を食べたのは、初めてかもしれない」


 冒険者の中には涙を流して感動している者すらいた。


「今日の夕ご飯はイジェが中心になって作ってくれたんだ」

「……それはありがとうございます」

「クチにアッタならヨカッタ」


 イジェもほっとした様子だ。

 イジェの作った病人食は、山菜と一緒に肉を軟らかく煮ただけのものとスープだ。

 しかも山菜は昨日俺が採ってきて、まずいと評判だった物である。


「これはセウユか?」


 俺が尋ねると、イジェは首を振る。

「ウウン。ミィスオのスープ」

「なるほど。うまそうだ」


 ヴィクトルたちはイジェの作ったご飯を食べて、とてもおいしいと喜んでいた。

 うまいものを食べたので、ヴィクトルたちの回復も早まるに違いない。


 その後、俺とイジェは食堂に戻る。

 先に食べといていいと言っていたのに、みんな待っていてくれていた。


 俺を待っていたのではなく、イジェを待っていたのだ。

 調理責任者として、イジェは敬意を集めているらしい。


 イジェが食卓に着いたので、みんな夜ご飯を食べはじめる。

 肉を炒めたり、山菜を煮たり炒めたりしたものだ。

 ヴィクトルたちが飲んでいたミィスオのスープもあった。


 俺はまずミィスオのスープから口をつける。


「……食べたことのない味だが、うまいな」

「ホント?」

「ああ。本当に美味い」

「テオさんの言うとおりだ。凄くうまいぞ!」

「すげー。なんか不思議な味がするな」


 山菜料理も食べてみる。

 その山菜は、今朝食べたものすごくまずかった山菜だ。

 だから、まったく期待していなかった。


「……あれだけまずかった山菜が、おいしくなっている」

「チャントショリスレバオイシイ」

「……そうなのか」


 イジェの調理を手伝っていた冒険者たちがつぶやく。


「一緒に手伝っていたが、特別なことはしていなかったと思うんだがな」

「アクをトッタリスルダケ。アトマズイブブンをトッタリ」

「ほほう」


 なにやらコツがあるようだ。

 イジェはこの辺りの山菜の調理にも造詣ぞうけいが深いらしい。


「いや、久しぶりにまともな飯を食べられたよ」

「ああ、そうだな」

「こんなに美味い飯を食ったのは生まれて初めてかもしれん」


 一人の若い冒険者がしみじみと言う。


「大げさだな」

「いや、俺は貧民街の孤児出身だからな」


 貧民街の孤児から成りあがるには冒険者になるしかない。

 そして冒険中はうまい料理など食べる暇はない。

 メインの食事は干し肉や、近くで捕まえた鳥獣や、山菜などだ。

 しかもまともな調理などしない。

 焼いてたべるだけ。振る塩があれば幸運だ。


「……そうか。いっぱい食べろ」

 ベテランの冒険者が、優しい目でその若い冒険者を見つめていた。


「いや、本当にうまい。ありがとうな」

「イジェ、俺たちにも調理の仕方を教えてくれ」

「ワカッタ!」


 冒険者たちもイジェの食事を気に入ったようだ。


「同じ肉のはずなのに、いつもより美味い」

「イジェは凄いな」

「エヘヘ」


 調味料の違いか、火加減の違いなのか。それとも、下ごしらえの違いなのか。

 恐らくそのすべてが違うのだろう。


「イジェ。リョウリトクイ! マカセテホシイ」

「おお、願ったり叶ったりだ! 頼むぜ」

「テオさんのおかげでだいぶ生活水準が上がってきたが、食事は手つかずだったからな」

「ああ。テオさんの設備に加えて、イジェの料理で日々の生活が楽しくなるよ!」


 冒険者たちからも歓迎され、イジェは照れ臭そうに尻尾を振ったのだった。

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