89 調味料

 クロたちを撫でるイジェも幸せそうに見えた。

 だから俺はイジェに提案する。


「イジェ、どうする? ここに住むか?」


 イジェはまだ子供だし、一人暮らしは寂しいかもしれない。

 だから、クロたちと一緒に暮らせた方がいい気がしたのだ。


「いじぇ、ここすむ」「わふぅ」「きゅお!」


 フィオ、シロ、ヒッポリアスも一緒に住もうと誘っている。

 それを聞いてイジェも心を決めたようだ。


「……ソウスル。イイ?」

「もちろんだ」

「わふぅ!」


 フィオたちも嬉しそうだ。

 だが、ケリーだけはショックを受けていた。


「え? 私の部屋のほうがいいんじゃないか?」

「ケリーのヘヤはヤメトク」

「……そうか。じゃあ、私もここに住むか」

「いや、ケリーはダメだ」


 ケリーは成人した女性なので、ダメである。


「ダメか。そうか」


 ケリーはあっさり引き下がった。

 イジェの住む家は決まったが、まだやらなければならないことがある。


「イジェ、疲れただろうが、他の仲間のみんなにも紹介しよう」

「ワカッタ!」


 そして俺はヒッポリアスを抱っこして、イジェと一緒に外に出る。

 なぜかケリーもついて来た。よほどイジェが気に入ったようだ。


 俺は甘えてくるヒッポリアスを撫でながら、拠点の中心へと移動する。


「おい、みんな聞いてくれ!」


 俺が呼びかけると、建物の外にいた冒険者たちが作業の手を止めて集まってきた。


「どうした、どうした!」「おや? その子は?」

「この子はイジェだ。少し変わっているように見えるが、人族だ」

「そうなのか?」「新大陸の人族は俺らとは違うんだな」


 二足歩行の犬にしか見えないイジェも、冒険者たちに受け入れられたようだ。

 尻尾と獣耳を持つフィオを見ていたおかげかもしれない。


「イジェは例の魔熊モドキに一族をやられてな……」


 俺はイジェの現状を話して、仲間にしたいと告げた。


「そうか。一族をなぁ」「大変だったな」

「捕まってたのか……、こんなに小さいのに苦労して……」

「魔熊モドキの仲間か。それは恐ろしいな」

「赤ちゃん狼たちの面倒をみていてくれたのか。偉いな」


 みんなはイジェを仲間として受け入れてくれた。

 心配はしていなかったが、一安心である。


「イジェ、イウ。ヨロシク」

「おお、よろしくな! 俺は――」


 イジェと冒険者たちは互いに自己紹介をしていった。

 自己紹介が終わったところで、俺は皆に報告する。


「イジェにもらった農具や調味料などがあるんだ。農具置き場は後で作るとして……」

「調味料だって? それは素晴らしいな」

「ああ、塩と胡椒にも限りがあるからな!」


 冒険者たちは農具よりも調味料に反応した。


「早速食堂に運び込んでおこう。あとでご飯を作るときにでも使えばいいな」

「テオさん、助かるぜ!」


 俺は食堂に移動すると、調味料の樽を置いて行く。

 ついでに鍋などの調理器具も調理場にならべていった。


「おお、凄く出来のいい鍋だ、すばらしい」


 冒険者たちが鍋やフライパンなどを見て感心していた。


「イジェ。この調味料はどうやって保存するのがいいんだ?」


 この調味料は廃墟に放置されていたものだ。

 あまりデリケートに扱わなくてもよいのは確実だが、尋ねておくべきだろう。


「ヒニアテナイホガイイ」

「なるほど。直射日光には当てない方がいいんだな」

「ソウ。アトアツクナイホガイイ」

「ふむふむ。冷暗所みたいなところなら、問題ないか」


 あとで冷暗所や農具保管庫などを製作したいところだ。

 木材や石材などを保管する倉庫もついでに作りたい。


 そんなことを考えていると、ついてきていた冒険者が言う。


「調味料って、どんな味の調味料なんだ?」

「ああ、味見したいな」

「ワカッタ。チョットマッテ」


 イジェは樽を開く。それだけで不思議な匂いが漂ってきた。


「ふむ。嗅いだことのない匂いだな」


 俺がそういうと、冒険者たちもうんうんと頷いた。


「俺は好きな匂いだな」

「俺も嫌いじゃねーな」


 冒険者たちはそんなことを言っている。


 その調味料は液体で真っ黒だった。

 イジェはそれを一さじだけ掬って小さな皿に入れる。


「ショッパイ、ノンダラダメ。ナメルダケ」


 そういって、イジェはその調味料を俺たちの方に差し出した。

 俺たちは順にスプーンに少しだけつけてぺろりと舐めた。


「不思議な味だな。いや、だがうまいと思う」

「ああ。いいんじゃないか?」


 冒険者たちはおおむね気に入ったようだ。


「これはどうやって作ったんだ?」

「エット……」


 イジェは拙い言葉で一生懸命教えてくれる。

 どうやら大豆と小麦を混ぜて発酵させたりした後に絞ったりして作るらしい。


「随分と手間がかかっているんだな」

「ウン」

「ちなみにこの調味料はなんていう名前なんだ?」

「セウユ」

「変わった名前だな」

「ウン。モウヒトツアル」


 そういって、イジェは別の樽を開けた。

 途端に先ほどとは違う変わった匂いが漂ってくる。


「こっちも不思議な匂いだな」

「ウン」


 こっちの方は液体ではなく固体だ。色も黒ではなく茶色だった。

 その調味料をイジェは一さじ掬ってさらにのせた。


「コレモショッパイ」


 俺たちは順番に味見させてもらうことにした。

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