88 イジェと住む家

 イジェはみんなの注目を気にする様子もない。


「イジェ。オンナのコ」

「そうかそうか。かわいいからそうだと思ったんだ」


 ケリーはそんなことを言いながら、頭を撫で始める。


「ケリー。イジェの許可を取らずに勝手に撫でるな」

「あ、すまぬ」

「ダイジョウブ。イヤジャナイ」

「そうかそうかー。イジェはかわいいな!」


 ケリーは大喜びで可愛がっている。

 女の子と聞いて、心理的にスキンシップを取りやすくなったのかもしれない。


「ところで、イジェ。もう一つ聞いてよいか?」

「ナニ? ケリー。ナンデモキイテ」

「年はいくつなんだ? いや、イジェたちの成人年齢と今の年齢を教えてくれ」

「エット。イジェはジュッサイ。オトナにナルノは……ジュウゴ」

「なるほど。身体の成長が止まるのはいつぐらいなんだ?」


 ケリーは成人として扱われる年齢ではなく、身体的な成長について聞きたいのだろう。


「ヒトにヨルケド、ジュウハチトカ……ニジュウトカ……」

「ふむふむ。なるほどなるほど」


 つまり俺たち旧大陸の人族と、成長スピードははほとんど変わらないのだろう。

 ということは、十歳はまだまだ子供だ。

 子供として扱わなければならない。具体的に言うと、労働は免除されるべきだ。


 それはそれとして、いまはイジェの住み家を決めなければなるまい。


「ヴィクトル、イジェに見てもらって決めてもらうことにしたい。いいか?」

「もちろんです。お任せしますよ」


 ヴィクトルの許可も貰えた。

 だからイジェと一緒に部屋を見て回ることにする。


「さてイジェ、空き部屋を見にいこうか」

「ワカッタ!」

「私もついて行こうではないか」


 ケリーもついてくるようだ。どうやら本気で自分の部屋に住まわせたいらしい。

 俺は気にせず、イジェを連れて空き部屋のある宿舎に向かう。


 他の三部屋の住人に断って、空き部屋の中を見せてもらった。

 今は物置になっていた。使っていないからいいのだが。


「使うのならすぐに片づけるから安心してくれ」

「スゴイ」


 水回りやトイレの使い方も教えておく。


「次は私の部屋を見に来てくれ!」


 ケリーが強く主張するので、ケリーの部屋にも向かう。

 ケリーの住む宿舎には、ヴィクトルと学者たちが住んでいる。

 ケリーの部屋には色々な珍しいものが並んでいた。


「フワー。スゴイ」「きゅおー」


 イジェもヒッポリアスもケリーの部屋の中にある物には興味があるようだった。


「そういえば、テオさん」

「なんだ?」

「調査研究に使う器具が足りないんだ。今度作ってくれないか?」

「わかった。いつでも言ってくれ」

「助かるよ」


 そんなことを話しながら、俺はケリーの部屋を観察する。


「とてもじゃないか、イジェと一緒に暮らすには、物がありすぎて狭すぎる」

「そうだろうか?」

「そうだろうさ。イジェだって、もう少し広い方がいいだろう?」

「イジェ。ダイジョウブ」


 この大丈夫は我慢できるとかそういう類の大丈夫のように思える。

 イジェのような子供にはあまり我慢させない方がいい。


「まあ、ヒッポリアスの家の中も見てからにしよう」

「ワカッタ」


 イジェはヒッポリアスの家は入り口は見たが、中には入っていないのだ。

 ヒッポリアスの家へと向かう途中、俺は改めて言う。


「イジェ。遠慮はしなくていいんだからな」

「エンリョ、シテナイ」

「新しい宿舎を作ってもいいんだ。どうせそのうち建物を追加で作ることになるしな」

「ソウナノ?」

「ああ。冬に備えて色々建物を充実させたいからな」


 今では野ざらしになっている木材置き場などもきちんとした倉庫にしたい。

 各宿舎とお風呂と食堂を大きく一軒の家として囲みたいというのもある。

 そんなことをケリーとイジェに説明する。


 話を聞いていたケリーが言う。


「随分と大変そうだな。そこまでする必要があるのか?」

「気候学者が言うには、この辺りの冬は厳しい可能性が高いらしいからな」

「それは私も聞いたな」

「もし冬が厳しいのなら風呂を出たあと吹雪の中宿舎に戻るのは辛かろう?」


 湯冷めしたら風邪をひいてしまう。

 それに、寒い中宿舎を出て風呂場に向かうのも心理的にしんどい。


「……確かに。朝、食堂に行くために雪かきしなければならないというのも辛い」

「ああ、それは辛いだろうな」

「……きゅお~」


 ヒッポリアスも一緒になって辛いと言っている。

 俺はイジェに尋ねる。


「実際のところ、この辺りの冬の寒さはどうなんだ?」

「サムイよ」

「雪はどのくらい降るんだ? 水が凍る日は?」

「ユキはタクサンフル。ミズがコオルヒッテ? コオラナイヒはフユジャナイよ」

「……なるほど」


 この辺りの冬は、氷点下まで気温が下がるのが基本ということだろう。


「……準備はしっかりしなければならないようだな」


 ケリーが真剣な表情でつぶやいた。

 そんなことを話しているうちに、ヒッポリアスの家の前に到着した。

 中に入ると、クロたちが「わふわふ」いいながら駆け寄ってくる。

 俺はヒッポリアスを床に置いて、クロたちを撫でる


「よーしよしよし」

「わーぅ」「ぴぃー」「くぉーん」「きゅお~ん」


 クロたちと一緒にヒッポリアスも甘えてくるのでみんな撫でまくる。

 イジェも一緒にクロたちを撫ではじめた。


「ここがヒッポリアスの家だ。ヒッポリアスは身体が大きいから家も広い」

「スゴクヒロイ!」

「ヒッポリアスと俺、フィオにピイ、シロにクロ、ロロ、ルルも住んでいるんだ」


 俺が説明している間もずっとクロたちはイジェに甘えていた。

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