85 葬送と帰還

 シロの遠吠えは坑道に反響する。隅々まで届いたことだろう。

 すると、遠くからフィオとクロたちの遠吠えが聞こえてきた。

 シロの遠吠えが聞こえたので、フィオたちも返事をしているのだ。


 シロは遠吠えをやめると、外に出る。

 そして、再び今度は空にむけて大きな大きな遠吠えをした。

「うううおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 森の隅々まで、そして遥か天まで届きそうな遠吠えだった。


 それにもフィオやクロたちも

「わううううううぅうぅぅぅぅぅぅぅわうううぅぅぅぅ」

 遠吠えを返す。


 フィオもクロたちも小さいのに一生懸命遠吠えしていた。


 しばらくの間、シロたちは遠吠えした。

 それが終わると、周囲に静けさが戻ってきた。


 周囲には野生動物の気配も鳥の気配もない。

 風にそよぐ草木の音と虫の声しか聞こえない。


 魔狼の遠吠えに恐れをなして息をひそめているのだろう。

 そして、シロは俺のお腹に顔を突っ込んできた。

 俺は無言でぎゅっとシロを抱きしめる。

 すると、シロはそのまま悲しそうに声を押し殺すようにしてしばらく鳴いた。


 シロの遠吠えは、葬送の儀式なのだ。

 哀悼の意の表し、死者を弔うための遠吠えだ。

 それに、遠吠えに乗せて魂をきちんと天へ還すという意味もある。

 だから、シロは坑道で遠吠えして追悼したあと、外に出て空に向けて遠吠えしたのだ。


 その遠吠えの意味をフィオも、そしてクロたちも理解している。

 フィオも、そしてクロ、ロロ、ルルも泣いていた。


 しばらくして、落ち着いたシロに、俺は優しく撫でながら尋ねる。


「シロ。大丈夫か?」

「わふ」

「そうか、偉いな」


 シロは大丈夫、心配かけたと力強く言っていた。

 そんなシロをイジェが撫でる。


「シロ。この魔石はどうする?」

「……わうぅ」


 シロも決めかねているようだ。

 大事なもので本当は肌身離さず身に着けておきたいのだ。

 だが、シロは服を着ていないので、身に着けることは難しい。


「そうだな。首飾りに加工しようか?」

「わふ」

「大丈夫だよ。面倒ではない」

「わう」

「じゃあ、拠点に戻ったら首飾りにしよう」

「わふ」


 シロはフィオやクロたちにも同じ物を作って欲しいという。


「そうか。なるほど。それなら拠点に帰ったらみんなで相談しよう」

「わう」

「さて、フィオたちのところに戻ろうか」

「わふ」


 そして、俺たちしばらく歩いて、ヒッポリアスたちが待っている場所まで戻った。

 ヒッポリアスはぺたんと伏せた状態になり、その上にフィオとクロたちが乗っている。


「待たせた。大丈夫だったか?」

「だいじょぶ!」

『だいじょうぶ!』

 フィオもヒッポリアスも大丈夫だとアピールしている。


「わふ」「……ぁぅ」「くーん」


 クロたちは甘えてくる。

 俺とイジェもヒッポリアスの背中の上に乗せてもらう。

 そして、クロたちを撫でまくる。


「フィオ、クロ、ロロ、ルル。大丈夫か?」

「うん」

「ぴぃ」「……わふ」「ぅぁぅ」


 フィオもクロたちも、シロが葬送の遠吠えを行ったことを知っている。

 何を見つけて、シロが遠吠えしたのかも理解している。

 魔狼の咆哮はただの音ではない。色々な意味が伝わる意味伝達手段でもあるのだ。


「てお。みせて」

「わかった」


 俺はフィオたちに、一族の魔石を見せた。

 フィオもクロたちも一生懸命、魔石の匂いを嗅ぐ。


 悲しむと思ったのだが、フィオもクロたちも泣きはしない。

 先ほど一緒に遠吠えしたときに覚悟を決めていたのだろう。

 幼いというのにとても強い子たちだ。


 俺はクロたちを優しく撫でた。

 シロもヒッポリアスの背の上に登って、クロたちをやさしく舐める。


 そして、フィオとクロたちが落ち着いた後、俺は魔石を丁寧に鞄にしまう。

 それからヒッポリアスが拠点に向かって歩いていく。


 その間、ずっと俺はクロたちを抱き上げて、撫で続ける。

 気丈にふるまっているが、クロたちが悲しんでいるのは間違いないのだ。


 しばらく経つと、クロたちが眠そうにあくびを始める。

 赤ちゃんなので眠くなるのは当然だ。


「クロ、ロロ、ルル、眠ってもいいよ」

「……わふ」


 眠そうなクロたちをシロが優しくなめている。


 俺はクロたちを、服の内側に入れることにした。

 俺の服の内側ではピイが眠っている。だからひと声かけておく。


「ピイ。頼むな」

「……ぴぃ」


 ピイは一瞬起きてまた眠った。

 そっとクロたちを服の中へと入れていく。少し重くなった。


「クロ、ロロ、ルルも眠ってていいよ」

「……ゎぅ」


 俺はクロたちを服の上から優しく撫でる。

 移動中、俺は大切なことを伝え忘れていたことを思いだした。


「フィオ、ヒッポリアス。それにシロ。イジェも一緒に来てくれることになった」

「いじぇ、なかま!」

「きゅおー」「わふ」


 フィオたちは歓迎してくれている。


「アリガト」


 イジェも嬉しそうでなによりだ。

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