82 魔熊モドキの巣

 魔熊モドキの巣から、イジェは逃げてきたばかりだ。

 魔熊モドキが死んだと知っても、その巣に戻るのはイジェにとって怖いことのはず。


「イジェ。無理はするな」

「ダイジョウブ」

「道具が手に入るのは嬉しいが、俺たちが取りに行けばいいんだし……」

「イジェ。トリイク」


 イジェの意志は固いようだ。


「なぜそこまで……」

「イジェ。トリタイモノがアル。ドウグはツイデ」


 イジェは魔熊モドキから取り戻したい何かがあるのだ。

 そして、それはイジェにとって、よほど大切な物なのだろう。


「なら一緒に行こう。万が一魔熊モドキの仲間がいても、俺たちなら倒せるしな」

「……アリガト」



 それから、俺たちは魔熊モドキの巣に向かうイジェの後ろをついていく。

 ちなみに今はクロとロロは俺が抱っこして、ルルはフィオが抱っこしている状態だ。


 歩きながら、俺はクロとロロ、ルルに尋ねた。


「クロ、ロロ、ルル。シロとフィオと一緒に待ってるか?」


 魔熊モドキの巣は、クロたちにとっても怖い場所なのは間違いない。


「ワフ!」「……わぅ」『まってる』

「ふむ」


 クロは怖くないと力強く吠えたあと、俺の顔をべろべろ舐めた。

 だが尻尾は股の間に挟まっている。無理しているのは明白だ。

 クロは自分がしっかりと魔熊モドキの巣をみて安全を確認しようとしているらしい。


 一方、ロロは心配そうに鳴き声をあげた。

 言語化されていない鳴き声も俺のテイムスキルなら意味が解る。

 ロロは、クロが行くなら行くつもりのようだ。

 ロロも怖がっているが、クロだけ行かせるのは、もっと心配らしい。


 そしてルルは待っているとはっきり意思表示した。

 ルルは自分が待っていると言えば、クロとロロも一緒に待つことになると考えたようだ。


 三頭共、それぞれの方法で互いのことを思いやっているようだ。


「クロ、ロロ、ルル。優しいな。でも怖いことは全部大人に任せておきなさい」


 そういって、順番に頭を撫でていく。


「フィオ、シロ。クロ、ロロ、ルルのことを頼めるか?」

「たのまれる」「わふ」

「イジェ。その巣の近くに来たら教えてくれ。クロ、ロロ、ルルを待機させるからな」

「ワカッタ」


 しばらく進んで、イジェが止まった。

 もう少しで魔熊モドキの巣だというので、フィオとシロにクロたちのことを任せる。


 俺がフィオたちにクロとロロを渡すと

「ひん……」「くぅ……」

 クロとロロは鳴きながらプルプルと震えた。可哀そうになる。


「怖いことはなにも起きないから、安心しなさい」

「ぁぅ」

「ヒッポリアスもここで待機しておいてくれ。何かあったら呼ぶから頼むな」

『わかった』


 俺はヒッポリアスの背中にクロたちを抱えたシロとフィオを乗せる。


「ヒッポリアスの背中の上にいたら、安全だからな」

「ぁぅ」


 クロたちはヒッポリアスの背中の上に乗ることで少し安心したようだ。

 ヒッポリアスは強いから、その背中に乗ることで安心できるのだろう。


 俺はクロたちを順にもう一度撫でてから、イジェと一緒に魔熊モドキの巣に向かう。


「あまり待たせないようにしようか」

「ウン。クロタチシンパイ」


 少し歩くと、岩壁に大きめの横穴が空いているのが見えた。


「あの洞穴ほらあなが巣なのか?」

「ソウ」

「自然の洞穴、なのだろうか……」

「ワカンナイ」


 俺とイジェは二人で穴の中へと入る。


「中は広くて深いな」

「ウン。イジェもオクマデはハイッタコトナイ」


 穴の中には、イジェがつながれていたであろう鎖があった。

 他には貴金属や宝石、魔石の類が一か所に固まっている。

 そしてその近くには、イジェの言った通り綺麗な農具が置いてあった。


「……価値がわかっていたわけではなさそうだな」

「タブン、ソウ」


 貴金属、宝石類と鉄の農具は価値が全く違う。

 共通点はキラキラしているということだけ。

 光物を一か所に集めたと言った感じである。


「魔熊モドキ、イジェの言い方だと悪魔か。悪魔はどのあたりで寝起きしてたんだ?」

「アクマはネナイ」

「寝ないのか?」

「ソウ。ネナイ」


 生物ではないアンデッドなども眠らないと聞く。

 魔熊モドキも生物ではないので眠らなくても不思議はない。


「悪魔も食事はしていたんだよな?」

「ウン。シテタ」

「……そうか」


 眠らない魔熊モドキと暮らす生活は、どれほどのストレスだろうか。

 うとうとしていたら、気まぐれに蹴っ飛ばされたりされるのだろう。

 想像しただけで、心が痛くなる。


 そんなことを考えながら、俺は農具を回収する。

 イジェはキラキラしたものが集まっている場所で何かを探し始めた。


「探し物があるなら、俺も手伝おうか?」

「ダイジョブ。アリガト」

「そうか、手が必要ならいつでも言ってくれ」


 その間に俺は、この穴自体を調べる。


「ふむ……この穴は人工的な、いや何者かに掘られてできたものだな」


 掘ったのが人族かどうかはわからないが、何者かによって掘られた形跡があった。

 だが、最近に掘られたものではない。百年、いや数百年前に掘られたようだ。


「何のために掘られたかが気になるな」


 入り口周辺だけ掘られていたのならば、住居にするために掘った可能性が高くなる。

 だが、この横穴は先が見えないぐらい奥まで掘られているのだ。


「普通に考えたら鉱石採掘のための坑道だろうか?」


 俺は先日金属の鉱脈を見つけて採掘した。あの場所からは、少し距離はある。

 だが、こちらにも鉱脈があって、昔採掘されていたとしても不思議はない。


「……鑑定スキルを、本気でかけてみるか」


 俺は洞窟が掘られているその岩盤を中心に鑑定スキルをかける。

 かなりの広範囲を一気に調べるためだ。

 それなりに魔力を消費して、調査を進める。


 坑道はかなり長い。最奥までは千メトル近い距離があった。

 枝分かれも無数にあるようだ。


「ふむ。どうやら鉱物資源が豊富なようだな」


 なぜこの坑道が放棄されたのかわからない。

 そう思うぐらいには各種鉱石が、沢山埋蔵されていた。

 今度、金属が必要になったら、ここに採掘しにくればいいだろう。


「この坑道をみつけられたのは、幸運だったな」


 俺の調査が終わったころ、イジェから後ろから声をかけられた。


「テオ。オワッタ。アリガト」

「ちゃんと見つかったのか?」

「ウン。チャントアッタ」


 集められていた光物の、奥深くに目当ての物は埋まっていたようだ。

 見つけるのは中々大変そうである。

 魔熊モドキに怯えていたイジェが鎖を切った後、探さずに逃げ出したのも当然だ。


「……ヨカッタ」


 イジェはしみじみとそう言って、見つけたものを大事そうに両手で抱きしめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る