81 イジェの村

 イジェたちの村、いや村の跡地には十軒ほどの小さい建物があった。

 どの建物も木と藁を組み合わせて作られている。


 イジェは建物を見て、悲しそうにつぶやく。


「……ボロボロ」

「人がいなくなると、建物は一気に荒廃するからな……」


 十軒のうちの五軒は、倒壊している。

 それは恐らく魔熊モドキが暴れたせいだろう。


 それだけでなく、健在の五軒も、かなり荒れ果てていた。

 村の中にはいたるところに草が生い茂っている。


 村が魔熊モドキに襲われたのは、雪解けのころ。

 俺には新大陸の雪解けの時期がいつ頃なのかは細かいことはわからない。

 だが、今は夏なので、恐らく三、四か月ぐらい前だろうか。


 三か月も放置されれば、村も建物も荒れるものだ。


「チョウミリョウ。ブジカナ。サガシテクル」

「わかった。気を付けてくれ」


 イジェが無事な建物中に入っていくのを見送ってから、俺は村の中に遺骸がないか探す。

 幸か不幸か、イジェの仲間の遺骸はなかった。

 魔熊モドキに食べられたのか、他の肉食獣に食べられたのかはわからない。

 どちらにしろ遺骸を見ずに済むのは、今のイジェにとっては良いことかもしれない。


 イジェはその間、すべての建物を回っていた。

 一通り全部の建物を回ってから、イジェは俺たちのところに来る。


「チョウミリョウ、アッタ」


 イジェに協力して無事だった調味料を集めて回った。

 保存状態のよい調味料は樽五つ分あった。


「結構な量があるんだな」

「ウン。ミンナでツクッテタ」

「調味料を、村のみんなで作っていたのか?」

「ソウ」


 イジェたちの食文化は中々進んでいたようだ。


「コノチョウミリョウ、ゼンブ、テオにアゲル」

「いいのか?」

「イイ」


 それからイジェは建物を回る。

 鞄を持ち出して、使えそうな色々なものを入れているようだった。


 俺もイジェから受け取った調味料の樽を魔法の鞄に入れていると、

「てお、てお!」

 フィオが俺の手を引っ張った。


「どうしたんだ、フィオ」

「たべれるくさあった!」「わふ!」


 フィオとシロは嬉しそうに、尻尾を振ってはしゃいでいる。


「食べれる草っていうと、山菜か?」

「そ!」「わっふぅ!」


 俺たちはみんなでフィオの見つけた山菜の方へと移動した。

 イジェもついてきてくれる。


「これ!」「わふ!」


 フィオとシロが尻尾を振って教えてくれる。

 そこには、荒れ放題の畑があった。

 かなり広い畑だ。周囲には柵があったようだが壊れている。


「これは、山菜ではないよ」

「ちがうの?」「わふぅ?」

「違うな。これは野菜だ。イジェたちが栽培してたんだろう?」

「ウン。コレをウエテスグ、アクマにオソワレタ」


 雪解けと同時に種植えするタイプの野菜だったのだろう。


「……ホウチシテタカラ、ゼンゼンソダッテナイ」


 イジェは寂しそうにつぶやく。


「……そうか」

「イマナッテイルブン、シュウカクスル」

「手伝おう」「ふぃおも!」

「アリガト」


 手分けして、畑の収穫を手伝う。

 放置されていたせいで、雑草が生えまくっている。

 雑草の中に、野菜があると言った感じだ。


「……チイサイ」


 収穫しながら、イジェは野菜類が大きく育っていないことを嘆く。


「草取りも間引きも、虫とりなんかもできなかったら、仕方ないよ」

「……ウン。ワカル」


 わかっていても悲しいものは悲しい。

 そのイジェの気持ちはよくわかる。きっと大切に育てた畑なのだ。


「テオ、ナイ? ハタケ」


 イジェは、俺たちは畑で野菜を作っていないのか聞いてきた。


 イジェの言葉はフィオと同じで、俺たちの感覚では少しおかしいところがある。

 だが、脳内で補えば意味は分かる。

 俺はテイムスキルで、魔物の意思を読み取り続けて来た。

 イジェやフィオの違和感のある言葉を読み取ることなど、俺にとっては造作もないことなのだ。


 だから、俺は丁寧にイジェに言葉を返す。


「俺たちは、畑をまだ作れていないんだよ」

「ソウカ」


 イジェはどこか寂しそうな表情になった。尻尾にも元気を感じない。


「だが、ちょうどいま仲間たちが作ろうとしているところだ」


 ヴィクトルの畑づくり計画は食中毒のせいで遅れてはいる。

 だが、もうすぐ畑づくり計画は再開するだろう。


「ソウナノ? イジェ。テオニワタシタイモノアル」

「渡したいもの?」

「キテ」


 俺たちがついていくと、イジェは、また建物に入っていく。

 そして、袋を持って出てきた。


「コレ。タネ。アゲル」

「いいのか?」

「イイ。チョットマッテテ」


 さらに建物を回ると、イジェは鍬などの農具をとって出てくる。


「コレもアゲル。サビテルケド……」


 錆びているのは、しばらくの間手入れされていなかったからだろう。

 錆は、手入れすればどうとでもなる。


「すごく助かるが、本当にいいのか?」

「イイ。ミンナシンジャッタ。ムラオワリ。ハタケもオワリ」


 イジェは本当に寂しそうに言う。

 可哀そうに思ったのか、シロとヒッポリアスがイジェをベロベロ舐めていた。


「キレイナドウグもアッタ。ダケド……。アクマがスにモッテッタ」

「巣って言うと、イジェが捕まってた場所のことか?」

「ソウ。キラキラシテイルのはアクマがモッテッタ」

「そうだったのか」


 イジェの言うキラキラしているというのは錆びていないという意味だ。

 つまり、ここに残されたのは古い道具ということ。

 新しい道具類は全部魔熊モドキの巣にあるに違いない。


「イジェ。充分だよ。これだけあればすごく助かる、ありがとうな」

「ウウン。……イジェ。アクマのスにトリイッテクル。マッテテ」


 イジェは勇気を振り絞るようにして、そう言った。

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