79 イジェの事情
イジェの尻尾は元気なく垂れさがっている。
「アクマにヤラレタ」
「悪魔って言うと魔熊モドキにか……」
魔狼の群れがやられる前に、イジェの集落が襲われていたようだ。
「イキノコッタのボクだけ」
「そうだったのか」
イジェはどう見ても戦闘力が高そうには見えない。
強力な魔狼の群れですらやられたのだ。イジェたちが勝てないのも無理はない。
「イジェはアクマにツカマッテ、イジメラレテタ」
クロたちと同じような目に合っていたのかもしれない。
「ゴハンをツクラサレタリ、ソウジサセラレタリもシタ」
「家事全般か」
「ソウ」
どうやら魔熊モドキに捕まった後、鎖につながれて家事をさせられていたらしい。
食事も満足に与えられず、雑草を口にして飢えに堪えてたようだ。
「よく生き延びることができたな」
「アクマのゴハンもツクラサレタ。ヌスミグイ」
「なるほどな」
「アクマ、スグナグル……」
「それはつらかったな」
「ウン。ツラカッタ」
クロたちが捕まってからは、クロたちの世話も仕事に加わったとのことだ。
「クロタチのゴハンも……マトモナノガナカッタカラ……」
魔熊モドキのご飯を何とかちょろまかして、自分とクロたちの食を補っていたようだ。
それで、やっと一つの疑問点が腑に落ちた。
俺は魔熊モドキの元でクロたちがどうやって生き延びたのか気になっていたのだ。
どうみても、魔熊モドキが子狼を世話するように思えなかったからだ。
クロたちが生き延びることができた理由はイジェが世話をしていたからだろう。
「クロ。ロロ、ルル。カワイイ」
「わふぅ」
イジェはクロたちを優しく撫でる。
イジェも辛い日々をクロたちを世話することで癒されていたようだ。
「アクマ、クロタチをツレテデテイッテ、カエッテコナカッタ」
「それで逃げて来たのか?」
「ソウ。クサリをキルノニジカンカカッタ」
そう言って、イジェは右の足首をさする。右足首にはまだ鉄の輪がついていた。
詳しく尋ねると道具を使い、二日の時間をかけて、やっとちぎったのだと言う。
そして魔熊モドキに見つからないように移動していたら、俺たちに気づいたらしい。
「魔熊モドキは、倒したから安心してくれ」
「タオシタ? ホント?」
「本当だよ。安心してくれ」
「クロタチがイルカラ……」
クロたちがここにいるから、魔熊モドキに何かがあったとイジェも思っているようだ。
「デモ、アクマツヨイ。スゴクツヨイ」
だが、魔熊モドキが強いことをイジェ走っているので、倒されたと信じられないのだろう。
「このヒッポリアスは魔熊モドキより強いんだよ」
「きゅお!」
ヒッポリアスが自慢げに尻尾を振る。
「ホントウ?」
「ああ。魔石でも見るか?」
俺は魔熊モドキの死骸からとった魔石をイジェに見せた。
「……フワァ」「わふ!」
イジェは目を見開いて驚いた。
そして、魔熊モドキが倒されたことを理解したらしい。
「スゴイ! スゴイ!」「わふうわふう!」
魔熊モドキが倒されたと聞いて、イジェは安心したようだった。
イジェの喜びっぷりも激しい。クロたちも一緒になって喜んでいた。
それから俺は魔熊モドキについてイジェに尋ねる。
「この辺りに魔熊モドキ、つまり悪魔は、一匹しかいないのか?」
「……ウン。イッピキシカミテナイ」
魔熊モドキは一匹しかいないようだ。それは朗報だ。
特別変異の特殊な種族だったかもしれない。
クロたちからも、魔熊モドキに仲間がいるとは聞いていない。
少なくともこの近くには、魔熊モドキの仲間はいないのだろう。
「まあ、もし魔熊モドキ、イジェの言う悪魔がきたら、退治すればいいな」
「タイジ……デキルノ?」
「悪魔と同じぐらいの強さならさほど怖くはないよ」
本当は少し怖いが、イジェやクロたちを怖がらせないようにこう言っておく。
「……テオ、スゴイ」
「凄いのはヒッポリアスだぞ」
『きゅお! ておどーるのほうがすごい!』
そういいながら、ヒッポリアスは尻尾をぶんぶんと振る。
そんなことを話している間に、蒸し焼きにしていたキノコがいい匂いが漂ってくる。
「そろそろ、キノコも食べられそうかな。イジェもどうだ?」
「イイノ?」
「もちろんだ」
俺は燃える薪の上から棒を使って、キノコをくるんだ葉っぱを取り出した。
そして、葉っぱを開く。
蒸し焼きになったキノコから湯気が上がる。
「わふぅ! じゅる」
フィオはふんふんとキノコの匂いを嗅ぐ。
よだれがこぼれている。随分とフィオはキノコが好きなようだ。
「きゅっきゅ!」
ヒッポリアスもふんふんとキノコの匂いを嗅ぐと、小さくなった。
「フワアアア!! チイサクナッタ」
「きゅお~」
小さくなったヒッポリアスを見て、イジェは腰を抜かす。
「ああ、イジェ。ヒッポリアスは小さくもなれるんだ。高位の竜だからな」
「ドラゴン、……スゴイ」
「竜だからな。それはそれとして、ヒッポリアス、どうしたんだ? 急に小さくなって」
『ちいさいほうが、きのこがおおきい』
「なるほど。ヒッポリアスは賢いな」
「きゅっきゅ!」
身体が小さいほうが、相対的にキノコは大きくなる。
沢山、キノコを楽しめるということだ。
早速、フィオがキノコを食べようとするのでひとまず止める。
「食べるのはちょっと待て。一応鑑定スキルをかけておこう」
「わかた!」
蒸し焼き済みのキノコに鑑定スキルを丁寧にかける。
「うん、大丈夫だ。毒もないし、お腹を壊すことはないだろう」
「わほい!」
俺は鞄からお皿を出して、キノコを配っていく。
シロの前にもお皿を置いてキノコを乗せる。
「イジェも食べてくれ」
「アリガト……」
イジェはなぜか少し困惑気味だ。
食べ物をもらうことが少なかったのかもしれない。
「塩ならあるぞ。好みに合わせて振ってくれ」
「ふぃお、しおふる!!」
フィオはそのまま一口食べてから、塩を振る。
そしてパクパク食べ始めた。
「しおふたほがうまい!」
そう言って、フィオは尻尾をぶんぶんと振った。
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