62 スライムの特性

 俺たちの後ろを三十匹のスライムがピョンピョンと跳ねながらついて来る。

 色は様々だ。だが、ピイと同じ青緑のスライムはいない。

 スライムの色は赤や橙、黄である。


「テオ、スライムというのは綺麗なのだなぁ」

「色自体は旧大陸のスライムも同じような物だろう?」

「そうだが、スライムをゆっくり観察する機会などなかったからな」

「それはそうか」


 知能が低く、凶暴でテイムも出来ない。

 大人しくさせる、つまり無力化するに退治するしかない。

 それが旧大陸のスライムだ。研究も進みにくいのだろう。


「冒険者兼魔獣学者な奴が研究していたが……。そもそもそんな奴は少ないからな」

「だろうな」


 学者は忙しい職業だ。それに一人前になるまでの修業期間も長い。

 冒険者と兼業するのは難しかろう。


「それより、テオ。先ほど言っていた旧大陸ってのは何だ?」

「ん? 人族の大陸と、魔族の大陸を合わせた呼称だ。わかりやすいだろう?」

「テオが考えたのか?」

「そうだ」


 人族の大陸、魔族の大陸。二つの大陸をまとめて呼ぶ際の呼称として考えたのだ。


「いいな。旧大陸って呼び方。かっこいい」

「ケリーも使ってくれ」

「旧大陸って呼称、私が考えたことにならないか?」

「俺は構わないが……」

「冗談だ。私にも誇りがある」


 学者としての矜持的な何かなのだろう。

 冒険者としては「名称を考えた者」という立場には、まったくこだわらない。

 ちなみに一般的な冒険者がこだわるのは「最初に倒した者」という立場である。

 そして、俺は非戦闘職なので、それにもこだわらない。


 そんなことを話している間に、下水槽へと到着する。

 俺は下水槽のふたを開けた。


「中の水は綺麗なんだが……。夜にはまた下水が流れ込むはずだ。それでいいか?」

「ぴっぴ!」


 ピイが鳴くと、スライムたちはバチャバチャ飛び込む。


「あ、一匹、飛び込むのを待ってくれと伝えてくれ」

「ピイ、一匹だけこっちに残ってくれないか?」

「ぴ!」


 すると一匹が残る。

 ピイが俺の言葉を通訳してスライムたちを動かしてくれているようだ。


「一匹残すのは研究のためか?」

「うむ。手荒なことはしないから安心してほしい」

「そこは信用しているが、ピイだけじゃだめなのか?」

「ピイは明らかに特別なスライムだろう?」


 新大陸の一般的なスライムも研究しなければ、ピイのどこが凄いのかも分からない。

 そうケリーは力説する。


 一通り力説した後、ケリーは下水槽の中を覗き込んだ。


「ほう。本当にきれいな水になっているな」

「ピイの能力が本当にすごくてな」


 昨夜俺が見たことを伝える。


「それは凄い。そんなに凄いのなら、便槽もスライムに任せれば解決じゃないか?」

「トイレは……肥料にしたりするんじゃないのか?」

「確かに肥料にもできるが、処理は大変だぞ?」

「それはそうだが……」


 糞尿を肥料にするには発酵させる必要がある。臭いはかなりきつい。

 発酵により熱を産み出させて、その熱で有害なものを処理しなければならない。


「難しいし、不衛生だし。便槽もスライムたちに処理してもらえばいいだろう?」


 ケリーはそんなことを言う。

 糞尿を資料と考える魔獣学者のケリーらしい発想だ。


 だが、俺は一般冒険者なので、糞尿を処理させるのは心理的に抵抗がある。

 スライムたちは従魔ではないが、ピイの子分。

 つまり俺の仲間でもあるのだ。


「さすがに糞尿の処理までさせるのはな……」

『だいじょうぶ!』


 だが、ピイが力強く言った。


 ピイが言うには、スライムは基本的に何でも食べるらしい。

 スライムの好みは、やはり一部の蠅に似ているとのことだ。

 腐った死骸や糞も大好きらしい。


「ピイも食べたいのか?」

『いやじゃない! でもテオドールといっしょにいる!』

「……つまりどういうこと?」

『おふろのみずはておどーるのあじがするからおいしい!』

「へ、へぇ」


 腐った死骸や糞をおいしく感じる種族に、おいしいと言われても嬉しくはない。


 それはともかく、ピイも死骸などを好むようだ。

 だが、俺のお風呂の残り湯などの方が、死骸とかよりもおいしいらしい。

 だから、俺と一緒にいて、それを食べるから死骸とかそういうのは食べなくていい。

 そういうことらしい。


 俺の残り湯を食べるのは「王の特権」と、他のスライムも思っているようだ。

 あまりうれしくはないが、ピイがどや顔で伝えてくるので、喜ぶことにする。


「……そうなのか。それは光栄だな」

「ぴい!」


 もっともスライムなのでどや顔なのかどうかは判別は難しい。


「ピイ。下水槽のふたは開けといたほうがいいか?」

『いい!』

「そうか。じゃあ、そうしよう」


 あとで下水槽にはきれいになった水を排出する機構を取り付けよう。

 スライムの浄化能力で飲めるほどきれいになるので、そのまま川に流せばいい。


「じゃあ、半分ぐらいのスライムには便槽の処理も頼もうかな」

『まかせて!』

「本当にいいのか?」

『いい!』


 そしてピイは「ぴいいいい」と鳴いた。

 すると、下水槽から十五匹ほどスライムが出て来た。

 便槽担当スライムということだろう。


「ピイ。凄く助かる。ありがとうな」

「ぴっぴい!」


 それから俺はピイを抱えて便槽へと向かう。

 十五匹のスライムがピョンピョンついてきてくれた。


 ケリーも一匹の小さな赤いスライムを抱えている。

 ケリーの抱えているスライムは直径〇・二メトルほど。


「テオはテイムスキルがあっていいな。私も魔物と話したい」

「そうだな。便利だぞ」


 便槽のふたを開け、スライムに入ってもらった。

 あけた際の悪臭はあっという間に消え去った。


「本当にすごいな」

「ぴぃ!」


 鑑定スキルを便槽の汚物だった物にかけると、既に清浄な水に変わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る