61 スライムの群れ

 次の日の朝。


「きゅおきゅお」「ぴぃぴぃ」


 ヒッポリアスにベロベロ顔を舐められて、俺は目を覚ました。

 目を開けると、太陽はすでに昇っていた。


「……朝か」

『また、へんなのいる!』


 俺の顔をベロベロ舐めながら、ヒッポリアスはそんなことを言う。

 少し怯え気味だ。

 図太くお腹を出してあおむけで眠っていたとは思えない。


「起きると途端に怯えるんだな」

『びびってない!』

「そうだな、ヒッポリアスは強いもんな」

『つよい!』

「ぴぃっぴぃっ」


 そんなことを話している間、ピイは俺のお腹の上でフルフルしていた。

 フィオとシロ、子魔狼たちも起きてきて、ピイを見に来る。


「わふ?」「わふぅ!」


 シロがフィオと子魔狼たちにピイのことを説明しているようだ。


「フィオ、ヒッポリアス。子魔狼たち」

「わふぅ」「きゅお」「くーんくーん」

「この子は昨夜仲間になったスライムのピイだ。よろしく頼む」

『ぴい! よろしくだよ!』

「きゅーんきゅーん」


 子魔狼たちはスライムにじゃれつき始めた。


『きゅ~。ておどーるのじゅうま?』

「そうだ。昨夜従魔になってもらった」

『そっか~』


 ヒッポリアスはピイの体を一度舐めてから匂いを嗅ぐ。

 そして、フィオはピイの体にそっと手を触れる。


「ぴい! なかま!」

「ぴっぴぃ」


 フィオはピイをムニムニし始めた。

 ピイも嬉しいようで、どんどん体のプルプルが増していく。


「さて、朝ご飯を食べながら、ピイのことをみんなを紹介するとするか」

「ぴぃ!」

「ピイは何を食べるんだ?」


 昨夜のピイは下水槽と浴槽を食事を兼ねて浄化してくれた。

 だが、もう下水槽も浴槽もきれいになっている。


『なんでもたべるけど~』

「たべるけど?」

『おなかいっぱい』

「そうか、意外と少食なんだな」


 自分で言った後、ふと疑問に思う。

 本当に少食と言っていいのだろうか。


 直径〇・五メトルの小さな身体で、下水槽と浴槽を一瞬で綺麗にしたのだ。

 大食いと言ってもいいのかもしれない。


「朝ご飯はいらないのか?」

『いらない!』

「そうか。それはそれとして、ピイは何が好きとかあるのか?」

『くさいの!』

「……そうか」


 やはり、腐敗した肉とかも好きなのだろう。

 蠅と好みが似ているのかもしれない。


「子魔狼たちも外でご飯食べるかか?」

「きゅーんきゅーん」


 子魔狼たちは「ご飯! ご飯!」と言っている。

 子魔狼たちの人慣れ具合を考えれば、外で皆と一緒にご飯を食べても問題ないだろう。


 そんなことを考えていると、ドアがガンガン叩かれはじめた。


「テオさんテオさん!」

 若手冒険者の声だ。


「どうした?」

「非常事態です!」


 俺はヒッポリアスと一緒に外に出る。


「なんか、スライムがいっぱい集まってきていて!」

「スライム?」


 観察すると、ほとんどの宿舎の屋根の上に何匹ものスライムが乗っていた。

 全部合わせれば三十匹ほどいるだろうか。


「襲ってはこないんだろう?」

「はい、謎ですよね! 凶暴なスライムなのになぜか飛び掛かってこないんですよ」


 慌てる冒険者の後ろから、ヴィクトルが笑顔のまま近寄ってくる。


「私は大丈夫だと言ったんですけどね」

「ヴィクトル、後は任せて眠っていてくれ」

「いえいえ、今日は体調もいいですし……」

「病み上がりは慎重な方がいい」


 そんな会話を交わしている間も、冒険者は身構えている。


「スライムたちは襲い掛かってくる機会を狙っているんですよ!」


 常識的に考えて、スライムは恐ろしい魔物。

 冒険者が警戒するのもわかる。


 だが、ヴィクトルはスライムをテイムしたことを知っているので落ち着いたものだ。


「テオさん、なぜ集まってるかわかりますか?」

「ちょっと聞いてみよう。ピイどうしてかわかるか?」

『ぴいについてきた』

「ほう? ピイはスライムの群れのリーダーなのか?」

『ちがう! りーだでない、おう!』

「王? スライムの王なのか?」

『そう!』


 群れというか集団をつくるスライムが存在するとは知らなかった。

 新大陸の魔物は、俺の知っている魔物の生態とかなり違うらしい。

 いや、かなり違うものも中にはいると言った方が正確だろうか。


「ついてきたというのはわかったが、……あいつらは何がしたいんだろうか?」

『ぴぃ~。ごはんたべたいんだとおもう』

「昨日のピイみたいにか?」

『そう! たべさせてあげていい?』

「それは別に構わないが……ピイはいいのか?」


 下水槽や浴槽の汚れをスライムが食べてしまうと、ピイの分が無くなりかねない。


『だいじょうぶ。ピイ、ておどーるといっしょ』

「ふむ。俺の魔力を食べるということか?」

『そう!』


 そういうことなら、それでもいい。

 俺は家を出て、ヴィクトルに言う。


「やはりピイの仲間らしい。下水などの汚れを食べに来てくれたようだ」

「ほほう。それはありがたいですね」

「すこし、スライムたちを下水の方へと連れて行ってくる」

「お願いします」

「ヴィクトル。後は俺に任せて、本当に横になっていてくれ」

「では、お言葉に甘えて……」


 それから、俺はピイとヒッポリアスをつれて、下水槽に向かって歩く。


「ぴぴぃ!」


 ピイが一声鳴くと。三十匹ほどのスライムがついてきた。


「て、テオさん大丈夫なのか?」

「詳しくはあとで説明するが……。このピイというスライムを昨夜従魔にしたんだ」

「スライムを従魔に? そんなことが」

「すごいな。テオさんは」


 冒険者は驚きながらも納得してくれたようだ。

 俺がスライムを従魔にしたと聞いて、安心もしたようだ。


「でええい!」


 すると大きな奇声を上げて、ケリーが宿舎から飛び出してくる。

 冒険者ではなく、戦闘力の低いケリーは家の中で待機を命じられていたのだろう。

 スライムは危険な魔物なので、それがまともな判断という奴だ。

 だが、スライムが安全だとわかったので、たまらずに飛び出してきたのだ。


「ピイというのだな。私はケリー。仲良くしてくれ」

「ぴぴぃ!」

「それにしても、テオ。テイムできるスライムがいるとはな。新発見だ」

「だろうな」

「あとで調べさせてくれ」

「ああ、しかも、ピイはこのスライムたちの王らしい」

「王だと? 群れるスライムなど聞いたことがない!」


 そんなことを話しながら、俺たちは下水槽へと歩いて行った。

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