60 スライムテイム

 断られるのは想定外だ。

 俺は、きっとスライムは仲間になってくれると思っていた。


「そう言わずに何とか」

「ぴぃぎー」


 スライムは鳴きながらぷるぷるしている。

 このスライムは友好的で人懐こい性格だ。それに俺とスライムは信頼関係を築けた。


 加えて、わざわざ下水を食べに来るぐらいだ。スライムにとって下水は美味しいはず。

 だから、俺たちの仲間になることはスライムにとっても利のある話。

 断る理由はないはずなのだ。


「何か心配なことでもあるのか?」

「……ぴぃぎ」

「ふむ。従魔にしてほしいのか?」

「ぴい!」


 どうやらヒッポリアスと同じく、俺の従魔になりたいらしい。


「それは構わないが、……本当にいいのか?」

「ぴぴぃ!」


 スライムは力強く「いい!」と言ってくれている。

 だが、そこまで強く従魔になりたい理由はちょっとわからない。

 ヒッポリアスみたいに俺の魔力に魅力を感じてくれているのだろうか。

 俺の魔力はなぜか一部の魔物に人気があるのだ。


「ぴっぴぃ!」

「ほ、ほう?」

「ぴぴぴぴ!」


 スライムは、俺の臭いが好きだと言う。

 下水も俺の臭いがする心地よい水だったから、食べにきたらしい。


「なるほど……」


 最初、俺が身体を洗った水を飲みに来たのかと思った。

 だが、それよりも俺が長年使い込んだ毛布をじゃぶじゃぶ洗ったせいかもしれない。

 あの毛布は、自分でも少し汚いと思っていたところだ。


「なぜ俺が魔物に好かれるのか、自分でもわからないんだが……」

「ぴっぴぃ」

「そうか、スライムにもわからないか」


 このスライムは「好きになるのに理由はいらない」などと、かっこいいことを言っている。

 理由はわからないが、スライムに好かれて従魔化を希望されたのならしない手はない。


「じゃあ、テイムする、つまり従魔化させてもらおうと思うのだが、名前は何がいい?」

「ぴい!」

「じゃあ、ピイだな」

「ぴっぴぃ!」


 喜んでもらえたようでよかった。

 もちろん、ピイという名の由来は鳴き声からである。


「じゃあ、いくよ」

「ぴぃ!」


 俺は右手に魔力を集めて魔法陣を作り、スライムの近くに手をかざす。

 そして、詠唱を開始した。


「我、テオドール・デュルケームが、汝にピイの名と魔力を与え、我が眷属とせん」

『ぴい。われぴい。ておどーる・でゅるけーむのけんぞく!』


 スライム改めピイの返答と同時に魔法陣が強く輝く。

 ピイの体に大きく一瞬だけ光の刻印のように魔法陣が転写されて消える。


 ヒッポリアスの時とほぼ同じだ。

 魔力回路が接続されたので、比較的流暢な人の言語でピイの意思が伝わってくる。


「テイム成功だ。これからよろしくな、ピイ」

『ておどーるのまりょくうまい!』

「ピイ。この白銀色の子魔狼はシロだ。仲良くしてくれ」

「ぴい」「ゎぅ」


 ピイは身体をプルプルさせて挨拶し、シロは匂いを嗅ぎまくる。


 俺がピイとシロの挨拶を見守っていると、後ろからヴィクトルに声をかけられた。

「終わりましたか?」

「やはり気づいていたか」

「さすがに拠点の中に入ってこられたら気づきますよ」

「……体調は大丈夫なのか?」


 ヴィクトルは食中毒の治療中である。


「おかげさまで熱は引きましたから」

「そうか、でも他の症状は続いているんだろう? 無理はするな」

「実は真夜中にトイレに起きて気づいたというのもあります」


 ヴィクトルたちは下痢と嘔吐の症状が続行中なのだ。


 だが、ヴィクトルは笑顔でピイを見る。

 ピイは一昨日のフィオとシロと違い、ヴィクトルを見ても驚く様子はない。

 ヴィクトルの方にぴょんぴょん飛んで挨拶しに行く。


「ヴィクトルです、よろしくお願いします」

「ぴい」


 ヴィクトルはピイを撫でてから、こちらを見る。


「このようなスライム、見たことがありません」

「だよな。俺も初めて見た。そもそもテイムできるスライムが初めてだよ」

「やはりそうなのですね」

「まあ。今日は夜遅いし、明日にでもケリーに話を聞こう」

「はい、詳しい話は朝食の時にでも」


 俺たちはヴィクトルが病舎にちゃんと戻るのを確認してから、ヒッポリアスの家に帰る。


 家に入ると、フィオと子魔狼たちは毛布にくるまったまま眠っている。

 シロがいないからか、どこか寂しそうに見えた。


(シロ。お疲れさま。フィオと子魔狼たちを頼むな)


 フィオたちを起さないように、俺はテイムスキルを使って声を出さずに語り掛ける。


 シロは無言で尻尾をぶんぶんと振ってフィオのもとに向かった。

 そして子魔狼を包み込んでいるフィオを、さらに包み込むようにして横たわる。

 フィオは眠ったまま、シロに手を伸ばして毛をきゅっと掴んだ。

 シロはそんなフィオの髪の匂いをくんくんと嗅ぐ。

 起こさないよう、顔を舐めるのを我慢しているのだろう。


 そんなフィオたちの様子を見てから、俺は自分の毛布に戻る。


「きゅおおお……きゅおぉぉぉ」


 相変わらずヒッポリアスは起きる様子がない。

 俺の毛布の端っこに身体をのっけて仰向けに寝っ転がって、腹を丸出しにしている。


 俺はそんなヒッポリアスの横に寝る。

 そして、ピイをお腹の上に乗せたまま、ヒッポリアスの身体を優しく撫でた。


(ピイもお疲れ。明日フィオとヒッポリアス、子魔狼たちのことも紹介しよう)

『ぴぃ、わかった!』

(今日はお休み)

『ぴぃ~~』


 ピイはもう眠りはじめる。眠りに落ちるまで一瞬だった。

 あまりの早さに驚かされる。


 皆が寝たのを確認して、俺も眠ることにした。

 ピイとヒッポリアスは温かかった。

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