59 きれいなスライム

 スライムの大きさは両手で抱えられる程度、直径〇・五メトル弱と言ったところだ。

 ぴょんぴょんと飛んで、俺の腕の中に飛び込んでくる。


 そのスライムを抱きしめると少し濡れていた。

 普通に考えれば、スライムを濡らしているのは下水である。とても汚い。

 だが、汚がるのはスライムに失礼だ。それに手は後で洗えばいい。

 だから、俺はそんな湿ったスライムを優しく撫でる。


「信用してくれてありがとう」

「ぴぎ」


 ずいぶんと人懐こいスライムだ。人懐こいスライムなど前代未聞だ。

 俺の知っているスライムとは根本的に違う。

 きっと、このスライムを見たらケリーは大喜びするだろう。


「それにしても、下水槽に入っていた割に臭くないんだな」

「ぴぃぎ!」


 俺はスライムの体表に鑑定スキルをかけてみる。

 スライムは生物なので、スライム自身には鑑定スキルをかけることはできない。

 だが、スライムの体表を濡らしている液体に鑑定スキルをかけることは可能だ。


「むむ? これは……」


 鑑定スキルによると、スライムを濡らしているのはただの水だった。

 それもかなりきれいな水だ。


 下水槽にたまっているのは、汚水だった。

 下水槽は、便槽とは別ではあるが汚いのは変わりない。


 十数日ぶりに風呂に入った調査団二十人分の垢が流れこんでいる。

 それにフィオやシロは泥まみれ、ダニ・ノミまみれだったのだ。

 その汚れも全部流れ込んでいる。


「これは……どういうことだ?」

「ぴぎ?」


 スライムは「どうしたの?」と尋ねてくる。


「いや、スライムの体の周りについている水が綺麗で驚いたんだ」

「ぴぃ~」


 スライムが言うのはその水は、自分の排泄物だという。

 排泄物とは、簡単に言えば大小便である。

 だが、飲めるほどきれいな真水。


「もしかして下水を浄化する能力があるのか?」

「ぴぎ~」


 スライムは「わかんない。ご飯食べただけ」と言っている。


 俺の知っているスライム、つまり人族・魔族大陸のスライムは肉食だった。

 生きていようが死んでいようが、お構いなしにとびかかって溶かして食べるのだ。


 知能が低く、食欲が尋常ではなく、武器が通じにくい。

 的確にコアを探し出して砕くか、魔法で焼きつくすなどしなければ倒せない。


 スライムは熟練冒険者でも相手するのを嫌がる厄介な魔獣である。


 下水浄化ができるスライムなど聞いたことがない。

 そもそも、対話ができるほど知能の高いスライムがいるとも聞いたことがない。

 すべてが初めて尽くしだ。やはり、新種という奴だろうか。


「ちょっと、下水槽を見てみるな」

「ぴぎ」


 俺はスライムを抱いたまま、下水槽の中を覗き込む。

 暗くてよく見えないので、下水に向けて鑑定スキルを発動させた。


「……水だな。それも、すごく清浄な水だ」


 どのくらい清浄かというと、怪我をしたとき傷口を洗うのに使えるぐらいの清浄さだ。

 当然、口から飲んでも何の害もないだろう。


「スライム、この中に入っていた下水を全部食べたのか?」

「ぴぎ」

「そうか、全部食べたのか。すごいな」


 結構な量があったのに、大したものだ。


「スライム、お腹いっぱいか?」

「ぴぃぎ」

「そうか、まだ入るか。なら、食事するところを俺に見せてくれないか?」

「ぴぎ?」


 スライムは「いいけど、食べるものあるの?」と尋ねてくる。


「あるよ。一緒に行こう」


 俺は下水槽のふたを閉めると、スライムを抱っこしたままシロと一緒に拠点へと歩く。

 そして風呂場に向かった。浴槽には残り湯が入っている。


 浴槽のお湯は大量である。

 上下水のシステム的に毎日の交換は難しい。

 三日に一回、お湯を交換するのが精いっぱいだろう。

 だから、浴槽のお湯は最初に入れたっきりである。


「ぴぎ!」

「下水に比べたら、全然綺麗だが、食べていいよ」

「ぴぃー」


 嬉しそうに鳴いて、スライムは浴槽にぴょんと飛び込む。

 すると、スライムを中心に渦が発生した。

 ものすごい勢いで浴槽のお湯を取り込んで、外に出しているようだ。


 スライムはバチャバチャと移動しては渦を発生させる。


 俺は念のために鑑定スキルを発動させた。

 鑑定スキルで確かめてみても、浴槽の中のお湯は急速に綺麗になっている。


「すごいな」

「……わふぅ」


 俺も驚いたし、シロも驚いている。

 しばらく経って、浴槽のお湯が完全に綺麗になるとスライムは浴槽から出て来た。


 フルフルして、それからピョンピョン跳ねて俺の腕へと飛び込んでくる。


「スライム、凄いな」

「ぴぃいぎ」


 このスライムは是非仲間にしたい。


 俺は近日中に下水浄化装置を作るつもりだった。

 下水浄化装置は複雑な構造になるだろう。

 材料集めもなかなか大変になるはずだ。


 木を使って炭を作ったりしなければなるまい。

 それを積層状に積み重ねたりすることになるので、複雑な構造の装置になる。

 しかも沢山の下水を処理しきるためには、それなりに大きな装置にしなくてはならない。

 加えて金属は全て使い切っている。新たに採掘から始めなければならないのだ。


 それに複雑かつ大きなものを製作スキルで作るのはとても大変だ。

 宿舎やお風呂よりずっと難度は高い。

 だから、スライムが仲間になってくれれば、非常に助かる。


「スライム。俺たちの仲間にならないか?」

「ぴぃぎ?」


 スライムはきょとんとしてこっちを見ている。

 そして「仲間?」と尋ねてきた。

 だから俺は仲間になるとはどういうことか、具体的に教える。


「下水と浴槽のお湯を清浄化してもらう代わりに、こちらも何か提供しよう」

「……ぴぃ」


 スライムはぷるぷるしながら考え込む。

 そして、「やめとく」とスライムは仲間になることを断ってきた。

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