58 深夜の来訪者再び

 真夜中。


 ――べちゃべちゃべちゃべちゃ。


 俺は顔を舐められて目を覚ますとシロがいた。

 いつものようにヒッポリアスは気持ちよさそうに眠っている。

 フィオは子魔狼たちを抱きかかえるようにして眠っていた。


「シロ、どうした?」

「…………」


 フィオと子魔狼たち、ヒッポリアスを起さないよう、シロは声を上げない。

 だが、テイムスキルでシロの意思を読み取ると「誰かがいる」と伝えてきた。


「……ふむ」


 俺は気付かなかった。いまも気配を感じない。

 よほど気配を消すのが、うまい来訪者のようだ。


(それにしても……。この拠点は、よく来客がやってくるな)


 昨夜は誰も来なかったが、一昨日はフィオとシロがやって来た。

 さて、今夜は誰が来たのだろうか。


 魔熊モドキの仲間がかたき討ちに来たのかと一瞬思った。

 だが、もしそうならシロがそう教えてくれるだろう。

 だから、来訪者が魔熊モドキというのはない。


(シロ、その来客のところに案内してくれ)

「…………」


 シロは無言で歩き出す。

 一緒にヒッポリアスの家を出ると、シロは静かに走りだした。


(……俺でもまだ気配を感じない。それに気づくとは、さすがはシロだな)

「…………」


 シロは照れつつも、拠点の外へと走っていく。


(ん? こっちって……)


 下水槽のある方向だ。

 なにものかが下水を漁りに来たとでもいうのだろうか。


(しかし、下水に吸い寄せられる動物ってなんだ?)

「…………?」


 シロにもわからないらしい。

 下水におびき出される動物、もしくは魔獣って何だろう。


 そんなことを考えながら下水槽に近づくと、

 ――ピチャピチャ

 下水槽の中から水音がする。


(あっ、ふたを閉めるのを忘れてたな)


 一昨日、下水槽を見に行ったとき、フィオがヒッポリアスの尻尾でふき飛ばされた。

 驚異的な身体能力のおかげで、フィオは無傷だったが、かなり驚かされたのだ。

 そのせいで、うっかり下水槽のふたを閉めるのを忘れてしまっていた。


「………………」


 シロは「うっかりすることもあるよ」と慰めてくれた。

 心優しい子魔狼である。

 子魔狼たちに比べたら、だいぶお姉さんだが、シロもまた子魔狼なのだ。


 俺はシロの頭を撫でてから、ゆっくりと下水槽へと近づく。


 ――ビチャッバチャッ


 結構な激しさで下水槽の中で何かが動いているようだ。

 きっと水棲生物に違いない。

 そして、結構強い魔力を感じる。魔物のようだ。


(シロ。俺が話しかける。相手を怯えさせたくないから、静かにな)

「……」


 シロは了承してくれた。子供なのにとても賢い狼である。

 俺はシロの頭を撫でてから、謎の魔物にテイムスキルを発動させる。


「俺は敵ではない」

 ――ビチャ……


 俺の声で、謎の魔物はやっと俺の存在に気づいたようだ。

 下水槽の中ではねまくっていた魔物が動きを止める。


「俺には攻撃するつもりはない」


 いつものように、何度も攻撃の意思がないことを伝える。

 話し合いのテーブルにつかせるためだ。


 返事はない。だが、魔獣はそれなりに知能は高いようだ。

 こちらの言葉を理解してもらえていることが伝わってくる。


 根気よく何度も話しかける。焦ってはいけない。

 相手を怯えさせたら、話し合いが難しくなる。


「俺はお話ししたいだけなんだ。攻撃はしないから安心してくれ」

「……ピギ」


 やっと返事が返って来た。

 魔物の返事は「だれなの?」という言葉だった。


 話し合いに応じてくれたということである。

 まずはテイム第一段階成功と言っていいだろう。


「俺はテオドールという。この下水槽を作った者だ。そちらの名前は?」

「ぴぎ」

「そうか。無いのか」


 名前がないということは、従魔化されていないということ。

 場合によっては俺が従魔にすることも可能だ。


「こんなところで何をしていたんだ?」

「ぴぎい」

「……下水を食べてたのか。おいしいのか?」

「ぴぃ」

「そうか、おいしいのか」


 たで食う虫も好き好きという。

 中には下水を食べる魔物もいるのだろう。


「姿を見せてくれないか?」

「ぴぎ? ぴぃ」

「俺は絶対攻撃しない。横にいる子狼も攻撃しない。約束する。安心してくれ」

「ぴい」


 俺の言葉を信用してくれたようだ。

 魔物は下水槽のふたから、身体の一部をのぞかせた。


「……綺麗な色だな」


 透明な青、いや青緑と言った方がいいだろうか。

 わずかな月明りを浴びてきらきらと輝いている。

 まるで宝石のように見えた。


「ぴぎぃ」


 綺麗と言われて照れたようだ。魔物は身体をフルフルと震わせる。


「……スライムだったのか。驚いたよ」


 俺の知っているスライム、つまり人族と魔族の大陸のスライムは知能が低い。

 そして、非常に凶暴で好戦的だ。

 話し合いなど不可能なのがスライムという種族である。


 テイムスキルで対話を試みたことは何度もある。

 だが、こちらが何を言おうが、「食ってやる」という意思しか流れ込んでこないのだ。

 スライムには、こちらの言葉というか意思を理解できる知能がないのだ。


「話し合いに応じてくれた賢いスライムには初めて会ったよ」

「ぴいぎ」


 嬉しそうに鳴くと、スライムは下水槽から全身を出して、ピョンピョンと飛んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る