56 軽作業と気候学者の見解

「王都の冬も寒かったが……。こっちは、そんなもんではなさそうだな」


 王都は年に数回雪が降る程度だった。

 そして、水を屋外に出しておいて、凍る日も数日だけだ。

 だが、こちらでは冬の間は水がすぐ凍る日がほとんどである可能性が高いという。


「……それはいいことを聞いた」

「いいことですか?」

「いや、いいことではないな。今聞いておいてよかったという意味だ」


 気候学者は疑問に思っているようなので、詳しく説明する。


「上水や下水の管を拠点中に張り巡らせただろう?」

「あっ」


 一言言っただけで、もう気候学者は気が付いたようだ。

 さすがは学者先生である。 


「上水や下水の管が凍って破裂しないようにするための対策が必要だと思ってな」

「確かにそれは大切ですね」


 水抜きの機構も用意した方がいいかもしれない。

 いや、それよりも管自体を冷えさせない機構を作るべきかもしれない。

 ヴィクトルが提供してくれた熱湯を作る魔道具を利用すれば可能だろう。

 水抜きと冷えさせないようにする凍結防止の機構の両方準備したら万全だ。


「……どちらにしても、金属が欲しいな」


 だが、今朝の病舎建築とトイレ製作で金属は使い切ってしまった。

 近いうちに金属採取を行わなければならないだろう。


 俺が水道管と下水管の凍結対策について考えていると、気候学者は言う。


「冬が厳しいということは、食料も不足しがちになりそうです」


 気候学者は食糧の方が心配なようだ。

 確かに水道管が破裂しても調査団は全滅しないが、食料が尽きれば全滅する。


「食糧の貯蔵などもしっかりしないといけないな」

「そうですね。ですが、冬でも海の漁は可能だと思います。いざとなれば……」

「冬の漁はきつそうだな」

「きついでしょうね。最後の手段です」


 やはり食料の採集も進めるべきだろう。

 幸いにして、この付近には食べられる植物が多かった。

 魔法の鞄に詰めまくれば、かなり持つだろう。


 向こうの港を出発する際、魔法の鞄には飲み水を大量に詰めた。

 長い航海を乗り切るためだ。

 それに金属などの資材もたくさん詰め込んだ。


 今は魔法の鞄に詰め込んだ色々な物資はすでに取り出してある。

 つまり食糧を詰め込む余裕は、充分とは言えないがあるのだ。



 そんな相談をしながら、作業をしていると夕ご飯の時間になる。

 俺は病人食を病舎へと運ぶ。

 ついでにケリーにヴィクトルたちの病状を聞いてみた。


「ああ、想定していた以上に回復が早い。特にヴィクトルはな」


 ケリーは感心しているようだ。


 ヴィクトルは王都ではギルドマスターとして事務仕事をしていた。

 だが、昔は超一流の冒険者だったし、ギルドマスターになってからも身体を鍛えていた。


「それにしても他の冒険者よりも回復が早いとはな」

「鍛え方が違いますから」


 ヴィクトルは安らかな笑顔だ。

 この分なら大丈夫だろう。


「ああ、逆に他の冒険者は鍛え直した方がいい」


 ケリーはそんなことを言う。


「ケリー、無茶を言わないでくれよ」

「そうそう。俺たちだって結構回復早い方だろうよ」

「ヴィクトルの旦那が異常なんだ」


 冒険者が笑いながら、ケリーに軽口を叩いている。

 冒険者たちも軽口を叩けるぐらい回復したということだ。


「元気になったと思ってもしばらくは胃腸に優しいものを食べて、安静にですよ」


 司祭兼治癒術師が冒険者たちを諭していた。

 その一方で地質学者はまだしんどそうだった。


「面目ない」

「いやいや、ヴィクトルたちが異常に回復が早いだけだ。気にすることじゃない」


 俺がそう言うと、地質学者は力なく笑う。


「これでもテオさんの薬で相当楽になりましたよ」

「それなら良かった」


 俺たちがそんなことを話している間に、ヴィクトルたちは食事を始めている。

 軟らかく煮た肉の入ったスープである。

 だが、肉ばかりでは栄養が偏る。


「明日にでも消化にいい野草でも取ってこよう」

「ありがたいですが、テオさんもお忙しいでしょうし……」


 ヴィクトルが気遣ってくれる。

 自分も病気で大変だと言うのに、ヴィクトルはなかなかできた人物だ。


「金属を採掘しないと、製作も進まないからな。どちらにしろ拠点から外に行くんだ」

「金属採掘のついでに野草も採取を? 大変なのでは?」


 金属の採掘には鑑定と製作スキルが必要で、野草の採取には鑑定スキルが必須である。

 そしてスキルを使うには魔力を使う。

 そのことを考えて、ヴィクトルは心配してくれているのだろう。


「大丈夫、無理はしないさ」


 ヴィクトルたちと会話した後、俺は病舎を出る。

 そして、子魔狼やフィオたちの食事をもって、ヒッポリアスの家へと戻った。


 皆と一緒に食べないのは、保護されて間もない子魔狼たちのことを考えてだ。

 まだ、子魔狼は環境に慣れてない。たくさんの人に囲まれたら怖いかもしれない。

 そう考えて、ヒッポリアスの家で食事をとることにしたのだ。


 家に戻ると、まだみんな眠っていた。よほど疲れていたのだろう。

 だが、俺の運んできた食事の匂いで、フィオもシロも子魔狼たちも次々と起き始めた。

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