50 魔熊モドキ戦 その2

 上半身を草を編んだ縄で縛られ、一瞬魔熊モドキの動きが止まる。

 目をふさいでおいたおかげで、魔熊モドキは現状把握に時間がかかっているようだ。


 ――GUAAAA!!


 だが、魔熊モドキは力任せに草の縄を引きちぎる。


「化け物が……」

 容易には引きちぎれない強度のはずなのだが、やはり魔熊モドキは尋常ではない。


「だが……、それも計算通りだ」


 魔熊モドキは、草の縄を引きちぎる際に、子魔狼の首縄を手放した。

 それを確認して、俺は真横に飛ぶ。


 ――GIAAA……

 喚きながら、魔熊モドキは涙をあふれさせながら目を開けた。


 そんな魔熊モドキの目に映ったのは、

「きゅおおおおおお!!」

 ヒッポリアス全力の攻撃魔法である。強烈な光魔法だった。


 俺が想定していた以上にヒッポリアスの魔法の威力は高かった。

 魔熊モドキは、ヒッポリアスの口から発射された光線を上半身でまともに受ける。


 魔熊モドキの後方にあった木々が一直線に薙ぎ払われていく。

 同時に姿勢を低くしたフィオとシロが一直線に駆け込んでくる。

 そして足を止めずに、魔熊モドキの足元から子魔狼たち三頭を救い出した。


 ヒッポリアスの攻撃魔法は上半身を狙ったもの。姿勢を低くしていれば当たらない。

 そう頭でわかっていても、そう簡単に突っ込めるものではない。

 ちょっとヒッポリアスの手元、いやこの場合は口元が狂っただけで魔法に当たる。


 たとえ流れ弾、いや流れ魔法だとしても、ヒッポリアスの魔法は強力だ。

 食らってしまえば、命はない。


 だが、フィオとシロは全く怯む素振りすら見せなかった。

 強烈な魔法が炸裂している親の仇でもある魔熊モドキの足元に突っ込んだのだ

 尻尾も股に挟まず、しっかり立てている。


 フィオとシロの勇敢さには敬意を表さねばなるまい。

 フィオとシロの動きは的確だ。

 片手に一頭ずつフィオが計二頭をつかんで、シロが一頭の首を噛んで運ぶ。


「よくやった! そのまま距離を取れ!」

「わふぅ!」「がう!」


 フィオとシロは、全力で走って魔熊モドキから距離を取る。

 少し離れると、フィオは二頭の子魔狼を掴んだままシロの背中に飛び乗った。

 すると、シロは一気に加速する。

 あれがフィオに合わせないで走る、シロの全力速度なのだろう。


 そのまま、シロたちは全力でヒッポリアスの後ろへ向かって走っていく。

 ヒッポリアスの後ろが一番安全なのは間違いない。素晴らしい判断力だ。


「それにしても……」

 ――giaaaa……


 魔熊モドキは上半身を黒焦げにしながらも動いている。


「まだ生きているとはな」


 まさに化け物である。だが、相当なダメージを与えたのは間違いない。

 それでも戦意は喪失していないようだ。

 魔熊モドキは周囲をギョロギョロと見回す。

 大きなヒッポリアス。そのさらに遠くを全力で走るフィオたち。近くにいる俺。

 それらを見て、魔熊モドキは俺に狙いを定めたようだ。


 シロたちを追うのは大変。ヒッポリアスは強力だ。

 それゆえ、現状で俺を一番倒しやすい相手と判断したのだろう。


 ――GIAAAAAA!!


 大きく咆哮すると、俺に向かって突っ込んで来た。

 そして石のこん棒を持った右腕を振るう。

 食らえば無事ではすむまい。


「生命力が凄まじいだけでなく、速いんだな」


 俺は魔熊モドキが振るう石のこん棒をかわしながら、その右腕に触れる。

 触れると同時に鑑定スキルを発動させた。


 一瞬で魔熊モドキの様々なデータが頭に入ってくる。

 身体の大きさ、魔力、生命力の最大値と現在値や腕力、使える魔法の細かい種類。

 そう言った戦闘に関する事項。

 加えて年齢、成長速度や食性なども理解できた。


 当然のことながら、

「(ヒッポリアス! こいつは火に弱い!)」

 弱点も看破できる。


 ヒッポリアスは、こちらに向かって猛然とダッシュしてきている。

 当初の作戦通りだ。

 魔法攻撃の後、近接戦闘をして欲しいと俺はヒッポリアスにお願いしていたのだ。


『わかった!』


 ヒッポリアスは走る速度を緩めない。

 ダッシュしながら、頭の角から青白い炎の弾を魔熊モドキ目掛けて撃ち込んでいく。

 全部で五発。一発でも当たれば倒せそうだ。


 ――HIAAaa……

 炎を見て、魔熊モドキは初めて怯えたような声上げる。

 ヒッポリアスに背を向けて、必死に逃げようとしはじめた。


「逃がすか!」


 俺は即座に製作スキルを発動させて、魔熊モドキの足元にある草の先を結びつける。

 正確には草の先の部分を素材として、縄を製作したのだ。

 罠と呼んでいいのか躊躇うほど、とても簡単な罠である。

 だが全身を光魔法で打ち抜かれ、さらに炎に怯える魔熊モドキに対する罠としては充分だ。


 ――GiA!!


 俺の作った草の先で作った縄の罠は一瞬でちぎれた。

 だが、その一瞬、魔熊モドキの足は止まりバランスを崩す。

 野太い悲鳴に近い声を上げて、地面に四つん這いになった。

 倒れたことで、ヒッポリアスの火炎弾の軌道から魔熊モドキは外れる。


「きゅおおおおおおおおお!」

 だが、ヒッポリアスの火炎弾は軌道を変えた。見事に魔熊モドキに直撃する。


 ――GIAaaaaaaaaa……


 火炎弾の当たった部分が一瞬で灰になる。

 魔熊モドキのおぞましい悲鳴が、どんどん小さくなっていく。


 ヒッポリアスの火炎弾の威力はすさまじかった。

 加えて炎は魔熊モドキの弱点。ものすごい効果だ。

 あっという間に魔熊モドキは灰へと変わっていき、完全に死亡した。


「それにしても……」


 俺は駆け寄って来たヒッポリアスを見る。


 放った後の魔法の軌道を変えるのは至難の業だ。

 熟練の魔導師にしか使えない。

 どうやら、ヒッポリアスは熟練の魔導師なみに魔法の扱いがうまいようだ。


「ヒッポリアス。見事だ。助かったよ」

「きゅお!」

「死骸の後始末は後にして、急いでフィオとシロと合流しないとな」

「きゅお!」


 俺は走り始めようとしたが、こっちに向かってフィオとシロが駆けて来るのが見えた。

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