49 魔熊モドキ戦

 子狼たちは怪我した足が痛いのか、歩くのが遅い。

 だが魔熊モドキはそんなことを気にする様子はない。


 首縄をぐいぐいと引っ張っていく。

 子狼は歩くと言うより引きずられているといった状態である。

 そして、魔熊モドキは、子狼を蹴り飛ばした。


 特に理由があったようには見えない。

 子供が足元の石を蹴っ飛ばすときのように蹴っ飛ばしたのだ。

 選りにも選って、かわいらしい子狼をだ。


「キャウンッ!」

 ――GYAGGYA!


 子狼の悲鳴を聞いて、魔熊モドキは本当に楽しそうに笑う。

 俺は頭に血が上っていくのを感じた。


 久々に俺は怒っていた。だが、奥歯をかみしめ、頭の奥を冷やしていく。

 こういうとき、長い間、冒険者をやっていた経験が生きるというものだ。


 いくら怒りを覚えようと、冷静に対処しなければ結局助けられない。

 それどころか、こちらが死ぬことになる。

 だから頭と心を意識して分けるのだ。


 一瞬で作戦を考えると、ヒッポリアスにテイムスキルで無言のまま話しかける。


「(ヒッポリアス。あいつは今ここで倒す)」

『わかった』

「(シロとフィオはここで待機だ」

「…………」


 シロ経由で俺の意思を伝えられたフィオが首を振る。

 その目はからは強い意志を感じた。

 こういう目をしたものを説得するには骨が折れる。時間もかかる。

 そんな時間はない。


 だから作戦を修正する。


「(わかった。シロとフィオはひとまず待機して、隙を見て子狼たちを助け出してくれ)」

「……」


 フィオとシロは並んで、コクリと頷いた。


「(ヒッポリアス。俺があいつ目掛けて突っ込むから同時に一番強烈な魔法を頼む)」

『だいじょうぶ?』

「(あいつの上半身を狙ってくれ。俺ごと吹き飛ばすつもりでやれ」

『……だいじょうぶ?』


 ヒッポリアスは、心配そうに再び尋ねて来る。

 高位竜であるヒッポリアスの全力の魔法だ。相当な威力なのは間違いない。

 ヒッポリアスが心配になるのも仕方のないことだ。


 だが、そのぐらいの攻撃力がなければ、魔熊モドキは倒せない。

 なにせ魔熊モドキは、シロたちの群れを狩った化け物なのだ。


「(任せろ。来るとわかっているのなら、俺には当たらない)」

『ほんと?』

「(俺を信用して、全力で撃ち込んでくれ)」

『……わかった』

「(魔法を撃ちこんだ後は、接近戦を頼む」

『わかった』


 そして、俺はシロとフィオに言う。

 フィオにはテイムスキルを使って、シロを通しての伝言だ。


「(気配を消せ。隙が見つからなければ近寄るな。無理はするな)」

「…………」

「(無理をしたら、助ける手間が余計に増える。絶対に無理はするな)」


 俺が丁寧に説明すると、真剣な表情でフィオとシロはうなずいた。

 フィオとシロの頭を撫でると、俺は気配を消して一気に近づいていく。


 遠距離から攻撃を仕掛けたいところだが、子狼を盾にされたら困る。

 恐らくは子狼を盾にする暇を与えず攻撃を仕掛けることは出来るとは思う。

 だが、自分の命ならともかく、子狼の命で、そんな危険な賭けをするわけには行かない。


 この辺りの絶対強者という自負があるからか、魔熊モドキは周囲を警戒していない。

 その油断を徹底的に突かせてもらう。

 俺は気配を消したまま充分に距離を詰める。


 近づきながら製作スキルを用いて、大きくて軽いこん棒を作る。

 長さは一・二メトル。太さは〇・三メトルだ。

 材料は周囲に生えている草と土である。

 草を縄のようにしっかりと編み込んでおく。

 土はよくよく乾燥させて細かい粒子にしてから、こん棒の芯の位置に固めて配置する。


 魔熊モドキとの距離が十メトルほどになったところで、

「うおおおお!」

 俺はあえて大きな声を出して、魔熊モドキに俺の存在をアピールする。


 すでにフィオとシロが動き出している。

 フィオもシロも気配を消すのがうまく、魔熊モドキは注意深くないようだ。

 だが魔熊モドキの意識を俺に向けさせた方が、フィオたちがより安全になる。

 そのための存在アピールである。


 ――GA?


 魔熊モドキは本当に俺に気づいていなかったようで、一瞬ぎょっとした表情を浮かべた。

 だが、俺の姿を確認すると同時に、表情がにたりといやらしい笑みに変わった。

 俺のことを、新たな獲物と認識したのだろう。

 珍しい生き物だから、子魔狼と一緒に首に縄をつけて飼うつもりかもしれない。

 何にせよ、魔熊モドキにとって、俺はあくまでも獲物である。

 敵ですらないのだ。


「油断してくれてありがとうよ!」


 俺は大きな声で叫びながら、魔熊モドキにこん棒で殴りかかる。

 油断しているとはいえ、魔熊モドキもさすがにそのまま受けてはくれない。

 魔熊モドキも腰から石を削って作ったらしいこん棒を抜いて防御してきた。

 どうやら魔熊モドキにも道具を作る文化はあるらしい。


 俺の作った草と土のこん棒は、魔熊モドキの石のこん棒にぶつかって砕け散る。

 だが、俺はあえて砕けるようにこん棒を作ったのだ。


 バラバラに砕けたこん棒の中から土が魔熊モドキに降りかかる。

 風に任せて土をぶつけたわけではない。


 砕けたこん棒を材料に、製作スキルを発動させたのだ。

 乾燥し空中を舞う土で、魔熊モドキの両眼を覆う眼帯のようなものを作ったのである。


 ――GIAAA!


 とても乾燥した細かい土が魔熊モドキの目に入り、痛そうに顔を覆った。


 俺の製作スキルはまだ止まらない。

 土の眼帯の製作と同時に、宙を舞う草を材料にして製作スキルを発動させる。

 宙を舞う草もまた砕けたこん棒の材料の一つだ。

 つまり、既に縄のように編み込まれた草である。


 その草を素材として、魔熊モドキの上半身を拘束する縄を作った。

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