48 魔熊モドキ

「……なんだあれは」


 俺は思わず小さな声でつぶやいてしまった。熟練の冒険者である俺がである。

 そのぐらい異様な生き物だった。いや、そもそも本当に生物なのだろうか。


 高さは三・五メトルほどの人型で、濃い茶色い何かに覆われている。

 確かに、ぱっと見では熊のように見えなくもない。

 だが、体を覆う濃い茶色の何かは、毛のようなものでは断じてない。

 何かの煙、靄、そのようなものだ。

 煙のようなものの内側の肉体には毛が一本も生えていない。皮膚すらない。

 皮を剥がされた人か猿のような生き物だった。


(茶色いのは目に見えるほど濃い魔力か? いや邪気の類か?)


 まともな動物でも魔物でもないだろう。霊体、もしくは悪魔の類だろうか。

 どちらにしろ迫力が強烈だ。魔力のような圧、いや邪気を垂れ流している。


「……あれが例の魔熊というやつか?」

「「…………」」


 フィオとシロは無言でこくこくとうなずいた。

 俺は「あれは熊でも魔熊でもないぞ」と言いたくなったが、考え直す。


 そもそも俺たちの既知の大陸とここでは全く違う生き物がいるのだ。

 赤苺と外見も味も同じなのに、毒を持つ毒赤苺のようにだ。


 もしかしたら、新大陸では熊はああいう奴のことを言うのかもしれない。

 言語神の加護を受けているフィオが熊と言った以上、あれはここでは熊的なものなのだ。

 いや、必ずしもそうとも限らない。

 フィオは魔狼たちから知識を得ていた。

 だから、シロたち魔狼が熊だと誤認していた場合、フィオはあれを熊だと考える。


(あれが熊かどうかは後で調べるとして……)


 かなりの強敵かつ邪悪なものに間違いない。

 ヴィクトルたちが全快してから対応を協議すべきだろう。


「(ヒッポリアス。シロ。あの熊はやり過ごすぞ)」


 テイムスキルを利用して、声には出さずに、こちらの意思を伝える。

 先ほども手を出さないと伝えてあるが、念のためだ。


 フィオにはシロ経由で伝えてもらう。

 フィオも真剣な表情でこくこくとうなずいたので、ちゃんと伝わっているはずだ。


 俺は気配を消して、じっくりと魔熊モドキを観察する。

 魔熊モドキは気配を消そうとすらしていない。

 恐らく魔熊モドキには、この辺りには敵がいないのだろう。

 だから気配を消す必要がないのだ。


 ――GIAAAAGIAAA


 そして魔熊モドキは、時折意味不明な咆哮を上げる。

 テイムスキルを使っても、何を言っているのか理解できない。


(……つまり、魔熊モドキは、魔物でも動物でもないってことだな)


 魔神、悪霊、アンデッド。

 魔熊モドキは、そういった人の敵となる種族の一員ということだ。


 知能の高い者もいるが、言語は通じない。言語神の加護のもとにいない奴らだからだ。

 テイムスキルも当然のように通じない。

 だが、逆に鑑定スキルは通じるのだ。

 我らの神は、あいつらを生物として認めていないのだろう。


 どちらにしろ厄介な相手だ。

 鑑定スキルで魔熊モドキの性質を調べ、製作スキルで罠を作る。

 それが一番安定して、安全な倒し方だろう。


 俺は魔熊モドキをはめる罠を考えながら観察する。

 ついでに遠くから、魔熊モドキに鑑定スキルもかけてみた。

 距離があるため、詳しいことはわからない。


 だが、非常に強いということはわかった。

 その膂力は岩を軽々と砕くだろう。魔法は身体強化の魔法が得意なようだ。


 俺が罠を張り、魔熊モドキの足を止めたところに、ヒッポリアスの遠距離攻撃。

 そこにヴィクトルたち精鋭冒険者が近距離戦を仕掛ける。

 そんな感じの作戦が妥当だろうか。


 俺が観察し作戦を考えている間にも魔熊モドキは温泉の方へとどんどんと近づいて来ている。

 見つかったら面倒だなと俺が考えていると、


 ――GAAA! GIIIAA

 魔熊モドキは楽しそうに、おぞましい咆哮を上げる。

 フィオもシロもブルブル震え、尻尾を股に挟みながらも、しっかりと睨みつけていた。


 魔熊モドキは一から一・五メトルほどの丈の高い草が生えている中を歩いてきている。

 俺からは、魔熊モドキがどのような下半身をしているのか見えない状態だ。


(下半身の状態は見ておきたいな……)


 足が四足型なのか二足型なのか。それによって製作する罠が変わる。

 いや、魔熊モドキは、新大陸の新種。足がタコのように八本あってもおかしくない。


 だから、俺は魔熊モドキの下半身に注目する。

 どうやら、魔熊モドキは腰巻を付けていて、二足歩行だ。


 衣服を身につけた魔熊モドキは、まるで人であるかのようだ。

 魔神や悪霊たちの神にとっては、こいつらが人族なのかもしれない。


 そんなことを思って複雑な気分になりかけたとき。


「――ッ!」


 俺は、その時はじめて魔熊モドキの足元に別の生き物がいることに気が付いた。

 小さな、灰色で薄汚れた子狼だ。

 よく見たら魔熊モドキは手に縄を持っている。その縄が子狼の首にかけられていた。


 子狼は三頭いる。そして、皆傷だらけでガリガリだった。

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