32 虫の魔獣

 ケリーはその生物を、一体いつ捕まえたのだろうか。

 生き物を捕まえるための、学者ならではの技術があるのかもしれない。


「ケリー? 一つ聞きたいんだが、それはなんだ?」


 ケリーが握っているのは、俺も見たことがある類の生物だ。ミミズである。

 だが、とても大きい。


 長さ一メトル。太さは直径〇・〇五メトルぐらいある。

 大きさ的にはミミズというより、蛇である。


「ミミズだが? テオが小便したあたりにいたんだ」


 それは汚い気がする。


「えぇ……汚いだろう」

「さっきも無菌だと言ったはずだが……」


 やはりケリーはあまり気にしないようだ。


「新大陸のミミズはそんなに大きいのか?」

「そうらしいな。というよりも、これは魔獣のミミズかもしれぬ」

「ほう?」

「ヴィクトルたちが、農地を探していただろう? テオ、こいつをテイムできないか?」


 ミミズは畑にとって有益な生物だ。

 だからケリ―はそんなことを言うのだろう。


「虫でも知能が高ければ対話できるが……。試してみるか」


 俺がテイムスキルを発動しようとすると、フィオが真剣な目でこっちを見ていた。


「フィオもやってみたらいい」

「やる」

「色々と考えてやるのが普通だが……。フィオなら話そうと思えばいい」

「わかた」


 フィオはうんうんと頷いて、真剣な表情でミミズを見つめ、対話を試みはじめた。

 俺もミミズに呼びかける。


「俺たちの仲間が、急に掴んですまないな」

「――――」


 だが、ミミズからは言語化された意思は流れ込んでこない。


「このミミズは確かに魔獣だ。だが知能は高くないな」

「そうなのか?」


 お腹が空いている。皮膚が乾燥しはじめている。

 そんなミミズの状況がわかるだけだ。


「フィオ、わかない!」


 フィオの「わかない」とはわからないの間違いだろう。

 フィオも、俺と同様にミミズの意思を言語化するのに失敗したようだ。


「そうだな。こいつは対話できるほど知能が高くないな」

「うん!」

「わからないというよりも、こいつには思考と呼べるほどのものがないのかもしれない」


 俺とフィオの言葉を聞いて、ケリーは右手に持ったミミズを見つめる。


「そうか。対話できなければ、テイムは出来ないのか?」


 ケリーの言うテイムとは狭義のテイム、従魔化のことだ。


「いや、不可能ではない。このミミズの格は低いし、強制的にテイムすることも可能だ」

「格? とはなんだ?」

「説明するのは難しいのだがな……」


 魔物の総合力みたいなものだ。

 魔力の強さ、肉体の強さ、知能の高さ、年齢、種族。

 そういうもの全て含めた基準が「魔物の格」である。


 ヒッポリアスは魔力と肉体が非常に強く、知能も高い。

 加えて、種族の海カバは高位竜種だ。

 格は極めて高いと言えるだろう。

 それに幼体だが竜種。年齢も百歳を超えていてもおかしくはない。


 シロは、ヒッポリアスほどではないが、全般的に年齢以外の数値が高い。

 種族も、正確にはわからないが、魔狼の格は魔獣の中でも高い方である。

 ヒッポリアス同様、まだ子どもとはいえ、格はかなり高いほうだ。


 そんなヒッポリアスやシロに比べてミミズの格はかなり低い。

 こっちの魔力でねじ伏せて、無理やりテイムすることも難しくはない。


「ということで、無理やりテイムすることは出来るが……テイムして何させるかだな」

「畑を耕させたりとか」

「それはテイムしなくても、できると思うが」

「ふむ。まあそれはそうだな」

「一応、少ない量とはいえ魔力を消費するから、不要なテイムはやめておきたいところだ」

「そうか。すまない、そこまで気が回らなかった」

「気にしないでくれ」

「きにしない!」


 フィオも嬉しそうに尻尾を振っていた。

 俺たちの会話に混ざれて嬉しいのかもしれない。


「このミミズは、拠点に連れ帰って調べてから近くに放そうと思う」


 新大陸の魔獣の調査は、ケリー本来の仕事である。

 基本的に、ケリーも働き者なのだ。


 ケリーはミミズを調べながら歩く。

 そして、シロはミミズに興味があるようで、しきりに臭いをかぎに行く。


「わぅわぅ!」


 シロはどうやら、ミミズを食べたいらしい。


「シロ。食べたらだめだよ」

「わぅ?」

「だめ。あとでちゃんとお肉をあげるからな」

「わう」


 なぜ、犬の仲間はミミズが好きなのだろうか。

 人としては、とてもではないが、おいしそうに見えないのだが。


「フィオはミミズを見ておいしそうって思うか?」

「おいしいない」


 フィオはおいしそうに見えないではなく、おいしくないと言いたいらしい。

 ということは、実際に食べたことがあるのだろう。

 群れが全滅してから、フィオはシロと一緒に苦労した。

 狩りもあまりうまくいかず、ミミズを食べる羽目になったに違いない。


 可哀そうになって、俺はフィオの頭を撫でた。


「……そうか。あとでお肉たくさん食べような」

「わふ!」


 そんなことを話している間に拠点に到着する。

 すでに拠点に残っていた冒険者たちがお昼ご飯の準備を進めてくれていたようだ。

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