31 魔獣学者
俺の袖を引っ張るフィオの表情は真剣そのものだった。
「ん? フィオ、どうした? トイレか?」
「ちがう。ておもなわばり」
「ふむ?」
俺は少し考えてみた。
「俺も、ヒッポリアスやシロと一緒におしっこして回るべきってことか?」
「そ」
フィオはこくこくと頷いた。
群れのボスなら、仕事をすべきだということなのだろう
先ほど、俺はフィオに小便をかけて回らなくていいと言った。
それをフィオは、自分が群れのボスじゃないからかけなくていいと言われたと思ったのだ。
「いや俺もしなくて大丈夫なんだよ。人の小便は魔物よけの効果もないしな」
そういうと、フィオはフルフルと首を振る。
「ある。ておある」
「わぅ」
シロまでやってきて、フィオに同意する。
ヒッポリアスの尻尾を追いかける遊びはやめたらしい。
「いやー。フィオもシロもそうは言うが、人の小便には力はないからな」
縄張りの主張にはならない。
「なる」「わふ」
だが、フィオとシロは真剣だ。
「ておくさい」「わぅう」
「えっ」
「なる」「あう!」
「お、おう……」
俺の体臭は縄張りの主張になるぐらい臭かったのだろうか。
少し、いや、かなりショックである。
「ケリー、一つ聞きたいんだが……」
「なんだ? 私はヒッポリアスのお尻を調べるので忙しいんだ」
「きゅお……」
「ヒッポリアスが嫌がっているから、お尻の穴を調べるのはやめてやれ」
「そうか。ならば仕方ないな」
嫌がっていると聞くと、すぐやめるのがケリーのいいところだ。
ケリーは「すまなかったな」と声をかけて、ヒッポリアスを撫でる。
そして、俺の方に歩いて来た。
「で、テオ、何が聞きたいんだ?」
「ああ、正直に言ってほしいんだが……俺は臭いだろうか?」
「そうでもないが」
「そうか」
「急にどうした? 冒険者らしくもない」
冒険者をやっていれば、何日もお風呂に入れないのはよくあることなのだ。
「いや、なに……」
俺はケリーに経緯を説明した。
「なるほどな。それは体臭ではなく、尿が臭いってことだろう? なあ、フィオ。シロ」
「そ」「わふ」
「えぇ……」
それはそれで嫌だ。
「そんなに臭いのか……」
病気かもしれない。
「てお、なわばり!」「わふ!」
「わかったわかった。だが、どうせ効果はないと思うがな」
俺はフィオとシロが熱く要望するので、折れることにした。
少し離れた、みんなから見えない場所に行って小便をする。
その後、皆のところに戻ると、
「わふぅ!」「あう!」
フィオもシロも満足げに尻尾を振っていた。
狼的な、いや魔狼的な何かがあるのかもしれない。
これから散歩に行くときは毎回小便を要求されるのだろうか。
それは少し嫌だ。
シロはともかく、フィオにはトイレの存在を知らしめなければなるまい。
そのためにも速やかに水回りを整備する必要がある。
「じゃあ、そろそろ戻って、昼ご飯でも食べるか」
「きゅいきゅい」「わふぅ!」「わふ!」
獣たちとフィオは大喜びだ。お腹もすいていたのかもしれない。
「ケリー、そろそろ戻るぞ……って何やってるんだ?」
「ん? そのテオの臭すぎる尿ってのを調べてみようと思ってな」
「いや、やめろ。汚いだろう」
「尿は汚くはない。戦場で傷口を洗うのに使うこともあるぐらいだ」
「ここは戦場ではないし、何より俺が恥ずかしい」
「そうか、恥ずかしいならやめておこう。……別に臭くはないがな」
どうやら、ケリーは嗅いでいたらしい。
魔獣学者というのは俺たちとは根本的に感覚が違うのかもしれない。
糞や尿も、ただの資料としてとらえているのだろう。
一般人の俺たちには理解しにくいが、こういう人種も必要なのだ。
魔獣学者が魔獣の排泄物を嫌がっていては研究が進まないのも事実である。
「まあ、ケリー。とりあえず昼ご飯を食べに戻ろう」
「ああ。わかった」
俺たちは拠点までゆっくりと歩いて向かう。
『ちょっといってくる!』
「ああ、いいけど、昼ご飯まで戻ってくるんだよ」
「きゅお~」
ヒッポリアスがどこかに走っていった。
とても強いヒッポリアスなら、単独行動させても安心である。
「わふっわふぅ!」
「シロ。待て」
「わふ?」
シロがついて行こうとするので、俺は止めておく。
ヒッポリアスも全力で走りたいこともあるだろう。
そして、ヒッポリアスの全力にシロはついていけない。
「シロは俺たちと一緒に拠点に帰ろう」
「わふ」
シロは素直についてきてくれた。
フィオと一緒に、俺とケリーの周りをグルグル回っている。
「シロは……あれだな」
「あれとは?」
「魔白狼の亜種じゃないやもしれぬ」
「魔白狼じゃないならばなんだ?」
「わからぬ。もう少し観察が必要だ」
「そうか、わかったら教えてくれ」
「もちろんだ」
そして、フィオの方も見る。
「フィオというか、獣耳の人族のことも調べたいな」
「それは魔獣学者の範疇ではないだろう?」
「私は本来生物学者だ。魔獣学者というのは、私の一面に過ぎない」
ケリーは生物全般に詳しく、当然魔獣にも詳しいと言いたいのだろう。
「そう聞くとかっこいい感じがするな」
「だろう?」
自慢げにケリーは胸を張る。そしてその右手にはいつの間にか謎の生物が握られていた。
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