30 海カバと魔狼の縄張り

 ヒッポリアスは、ヴィクトルの顔をべろべろ舐める。


「どうどう、ヒッポリアス、落ち着いてください」

 そんなことをいいながら、ヴィクトルは楽しそうにヒッポリアスを撫でている。


 俺とフィオも、すぐにヒッポリアスとシロに追いつく。


「ヴィクトル。すまない。邪魔したか?」

「いえいえ、休憩中なので大丈夫ですよ」


 ケリーも俺たちに追いつくと、ヴィクトルに尋ねる。

「地質調査は順調なのか?」

「まあまあ、順調ですかね」

「そうか。珍しい生き物はみかけたか?」

「生き物自体は見かけましたが、珍しいかどうかはわかりません」

「そうか……。生物調査も早くしたいものだな」


 そして、ケリーは休憩中の冒険者や地質学者に話を聞きにいく。

 生き物についてと地質についての情報交換をするのだろう。


「テオさん、お散歩ですか?」

「そんなところだ。シロは狼だからな」

「そうでしたか。狼にとって散歩は大切ですもんね」


 そう言って、ヴィクトルはシロを撫でる。

 シロも人懐こさを発揮して、嬉しそうに尻尾を振っている。


「テオさん。そちらの作業で何か困ったこととかありませんか?」

「それも大丈夫だ。ヒッポリアスたちが頑張ってくれたから材料集めももう終わった」

「素晴らしい。ヒッポリアスは本当に働き者ですね」

「偶然仲間になってもらえて、助かったよ」

「本当に」


 そんな会話をしている間、ヒッポリアスは冒険者たちに甘えていた。

 人懐こい海カバである。

 それをみたシロもヒッポリアスの方へと走っていった。

 冒険者たちに撫でろとアピールしている。


「シロはヒッポリアスの弟分みたいな雰囲気があるな」

「確かに。そのおかげが、なじむのも早そうですね」


 シロは自分の群れ内序列はヒッポリアスの下だと考えているのだろう。


「シロは今まで気を張って、群れのリーダーをやっていたからな」


 子狼なのに、か弱いフィオを守るために頑張って来たのだ。

 精神的な重圧は凄かったに違いない。


「シロも子狼だからな。思う存分甘えればいい」


 個人的には成狼になっても甘えればいいと思う。

 だが、子狼の時は特に甘えるべきである。


「フィオも、子供だから甘えていいんだからな」

「だいじょぶ!」


 そういって、フィオは尻尾を勢いよく振っていた。

 フィオは冒険者たちを見て怯えている様子はない。

 だが、ヒッポリアスやシロのように、撫でられに行く様子もない。


 どちらかというと、俺の後ろに隠れるようにして大人しくしている。

 フィオもそのうち慣れるだろう。



 しばらく話した後、ヴィクトルたちは作業に戻り、俺たちは散歩に戻る。


 ヒッポリアスが先頭を歩き、その後ろをシロ、続いて俺とケリーとフィオがゆっくり歩く。


 シロは縄張りの点検に余念がないようだ。

 よく止まっては、臭いを嗅いでおしっこをかけている。


 そんなシロを、ヒッポリアスはチラチラと見る。

 そしてヒッポリアスは「きゅお~」と鳴くと、堂々とおしっこをした。


「ヒッポリアスも縄張り主張するのか?」

『する!』


 ヒッポリアスはご機嫌に尻尾を揺らしている。

 シロだけに働かせたら悪いと、ヒッポリアスなりに気を使ったのだろう。


「高位竜種のヒッポリアスの尿の臭いを嗅げば、魔獣はよってこなさそうだな」

「確かにテオの言うとおりだ。高位竜種は生態系の頂点。鼻のいい魔獣は皆逃げ出す」

「あんなに可愛いのにな」

「可愛くても、肉食だ」


 実際昨日は大きな猪を捕まえてくれた。

 周囲の魔獣たちは警戒しているに違いない。


 シロと並んでおしっこしているヒッポリアスに、ケリーは触れた。


「それにしてもヒッポリアス」

「きゅ?」

「……糞はまき散らさなくてよいのか?」

「きゅお?」


 ヒッポリアスは困惑している。

 びっくりした様子で、俺の方を見た。


『ておどーる! こいつおかしい』

「そうだな、おかしいな」

「何がおかしいんだ?」


 ケリーは、俺の方を見て尋ねてきた。

 テイムスキルのないケリーはヒッポリアスが何を言っているのかわからない。

 だから、翻訳しろと言っているのだ。


「ヒッポリアスは糞をまき散らすとか、何を言っているんだと困惑している」


 シロも困惑しているし、もっといえば、フィオだって困惑している。

 狼には糞をまき散らす風習はないので当然だ。


 困惑していないのはケリーだけである。

 ケリーはポケットからノートを取り出して、何やら書き込み始めた。


「ほう。海カバは、糞をまき散らさないのか。我慢していたわけではないのだな」

「ケリー。なぜまき散らすなんて思ったんだ?」

「カバは、糞をまき散らすからな」

「そうなのか?」

「ああ。自分の縄張りを主張するために、尻尾で糞をまき散らすんだ」


 そういいながら、ケリーはヒッポリアスの長くて太い尻尾に触れた。

 ヒッポリアスは少し嫌なのか、尻尾をケリーから遠ざけようとする。


「まてまて」

「きゅぅ~」


 その場でヒッポリアスはゆっくりとグルグル回った。

 尻尾を追いかけて、ケリーとシロも回る。


「まあ、あれも遊んでいると言っていいのかな」


 ヒッポリアスはともかく、シロは遊んでいると思っているだろう。

 シロも子狼。もっと遊んでいい。


 そんなことを考えていると、

「てお、てお」

 俺はフィオに袖を引っ張られた。

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