29 散歩

 ケリーは俺の横を歩きながらなにやら唸っていた。


「ふむう」

「どうした?」

「いや、なに。この大陸では人はフィオのような姿なのだろうかと思ってな」

「そうなんじゃないか?」


 俺たちが出会ったこの大陸の先住民は、フィオだけだ。

 だから、みなフィオみたいに獣耳と尻尾が生えていると俺は考えていた。


「いやいや、よく考えてみろ。子供は普通狼と暮らさないだろう」

「それは、そうだな」

「フィオは特殊な事例だと考えるべきだ」

「獣耳が生えていたから捨てられたとか?」

「……まあ可能性はないとは言えないな」

「他の先住民に会ったらわかるだろう」

「それもそうだな」


 うんうんと頷くと、ケリーはヒッポリアスたちを追うように走っていった。

 ケリーはそれなりに足が速かった。

 魔獣学者だから、魔獣と散歩したりする機会が多いのかもしれない。


 俺もヒッポリアスたちを追う。

 たまには運動しないと身体が鈍ってしまう。


「きゅおきゅおお」


 ヒッポリアスは特に何も考えず走り回っている。

 そして、シロはたまに立ち止まって、木の幹の臭いをかいだりしていた。


「シロ、縄張りチェックしてるのか」

「わふ」

「俺は鼻が利かないからな。俺の代わりに縄張りの主張を頼むよ」

「がう!」


 俺がそう言うと、シロは立ち止まっては木の幹におしっこをかけ始めた。

 恐らく、フィオとシロで暮らしていた時はシロがそうやっていたのだろう。


 シロは一生懸命足を上げて、なるべく高いところに引っ掛けようとしている。

 子狼なのに頑張り屋さんだ。責任感も強そうだ。


 その横で、フィオも一緒に引っ掛けようとしたので止めておく。


「フィオ。それはシロに任せればいい」

「なで?」

「人のおしっこには、縄張り主張の効果はないからな」

「そか」


 納得してくれたようでよかった。

 ついでに、俺は聞きたかったことを尋ねてみる。


「ところで、フィオ。その服はどうやって作ったんだ?」

「ふく?」

「フィオが身体に巻いている木の皮のことだよ」


 フィオは木の皮をバリバリとはがしたやつを体に巻いている。

 それを紐でくくって服にしているのだ。


「くれた」

「魔狼の仲間がくれたのか?」

「そう。すぐこわれる。ふぃおとる」


 どうやら、すぐ破れたりするのでそのたびに木の皮を採りに行くらしい。

 最初にくれたのは魔狼だが、それ以降は自分で作っていたようだ。


 毛皮のない人は衣服がないと、すぐに死にかねない。

 夏ならまだしも春秋になれば簡単に死ぬ。

 そして、冬になれば木の皮だけなら確実に死ぬだろう。


「冬はどうやっていたんだ?」

「いのししのけ!」

「なるほど」


 魔狼が狩ってきた猪の毛皮を巻き付けていたようだ。

 だが、きちんと鞣していない毛皮。すぐに腐る。

 腐るたびに新しい毛皮をもらっていたのだろう。


「それは大変だったな」

「たいへん」

「そっか。紐は?」

「ふぃおむすぶ」


 どうやら、フィオは試行錯誤して木の蔓を使って結んだようだ。

 それを聞いていたケリーが言う。


「フィオには、きちんとした衣服を用意したほうがいいだろうな」

「そうだな」

「私に任せろ。心当たりがある」

「それは助かるが……」

「いや、なに。気にしなくてよい。多少の予備はある」

「ケリーの服を譲ってくれるのか? サイズが違いすぎるだろう?」


 フィオの実年齢はわからないが、体格的には五歳程度だ。

 大人なケリーとは、服のサイズが全く違う。


 そう思ったのだが、ケリーは何でもないことのように言う。


「いや、私用の服ではない」

「じゃあ、誰用なんだ?」

「魔獣用だよ」


 ケリーは「何を当たり前のことを」と言いたげな目でこちらを見る。


「魔獣用? ってそんな衣服を持っていたのか?」


 我々は長い航海を経てこの場にいる。

 長期間の航海では余分な荷物は載せないものだ。


 余計なものを載せる余裕があるのなら、水、もしくは水代わりの酒や食料を載せる。


「どんな魔獣を保護することになるかわからぬ故な。自分の服を減らして入れてある」

「……なるほど」


 ケリーは魔獣用の緊急治療グッズの中に含めて持ってきたらしい。

 いろんな事態が考えられるので、そういうのが必要になることもあるのだろう。


「私は新大陸の魔獣、いや魔獣に限らず生物の調査のためにこの場にいる。当然だ」

「そんなもんか」

「ああ、そんなものだ」


 ケリーにとってはヒッポリアスとシロだけでなく、フィオも調査保護対象なのかもしれない。

 俺とケリーとフィオは、そんな会話をしながら、小走りでヒッポリアスとシロを追う。


「きゅおおぉ~」

 するとヒッポリアスが間延びした声で鳴くと、加速した。

 シロも一生懸命ついていく。


「ヒッポリアス……」


 少し速すぎると言おうと思ったが、ヒッポリアスも思いっきり運動したいのかもしれない。

 好きにさせたほうがいい。ヒッポリアスはまだ遊びたい盛りの子供なのだ。


 だが、ヒッポリアスはすぐに足を止めた。


「きゅおきゅお」

「ヒッポリアス、お散歩ですか?」


 そこにはヴィクトルと冒険者たちがいたのだった。

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